2004年4月号 Voice
私の自衛隊改造計画 戦後日本が生んだプロ集団
森本 敏(もりもと さとし)
(拓殖大学教授)
イラクにおける自衛隊の活動は新しいタイプのヒーローを作り出しつつある。ひげの佐藤一佐、総指揮官の番匠一佐はいまや、お茶の間に入り込んできた新しい日本軍人の姿である。
派遣前にはイラクヘの自衛隊派遣に国民の半数以上が反対していた。いまやその世論が逆転している。現状是認という日本人の特質もあるが、むしろ画面を通じて見る自衛官の姿が純真で頼もしい日本人像であるからであろう。イラクに向かう若い隊員の姿を見ても、いまごろこんな日本人がいたのかと思わせる。そこに旧軍のイメージはまったくなく、戦後日本が生み出した新しいプロ集団としての自衛隊がある。しかし、このようなプロ集団が一日で出来上がったわけではない。
昭和二十九年(一九五四)に誕生した自衛隊は、当初から「税金泥棒」「憲法違反」といわれて「継子(ままこ)扱い」されてきた。しかし、この苦難を乗り越えて半世紀に亘る努力の結果、現在の自衛隊が出来上がったのである。たゆまぬ先人の努力と隊員の精進があってなしえた結果でもある。
現在の自衛隊を見るかぎり、この半世紀に亘る防衛力整備と防衛政策は正しかったと痛感する。日本の法的・政治的与件の結果として、防衛力を最小限に制約して経済発展を重視した「軽武装主義」も正しかった。冷戦期に極東ソ連の脅威に対応するため防衛力の近代化に努めたのも間違っていなかった。今日、日本の防衛力はアジアで第一級の戦力である。周辺諸国が日本の防衛力に懸念を表明するのは日本の防衛力を恐れている証拠である。周辺諸国から恐れられる防衛力を保有していること自体、それが正しい選択であったといえるであろう。
他方、冷戦後に自衛隊の活動がわが国領域を越えて広がってきた。それは冷戦後の環境変化と日本の地位向上によるものである。湾岸戦争直後の一九九二年にペルシャ湾に掃海艇を派遣したことから始まった自衛隊の海外活動は、その後PKO法が成立して、カンボジア、モザンビーク、ルワンダヘと広がった。
このPKO活動は現在、ゴラン高原、東チモールヘと展開している。さらに二〇〇一年のテロ特措法に基づいてインド洋へ、二〇〇三年のイラク特措法に基づいてイラクおよびその周辺に活動が広がっている。自衛隊の海外活動は、いまや他の先進国と比べてもまったく遜色のないものになりつつある。しかし、その一方で自衛隊の海外活動には考慮されるべきいくつかの重要な課題があり、これらを含め自衛隊および日本の防衛力のあり方について考えるべき時期が来ている。
専守防衛は成り立たない
その防衛の在り方と課題とは第一に、「防衛」とは何かということである。自衛隊の基本任務と防衛出動の根拠については、自衛隊法第三条および第七六条に規定されている。しかし、自衛隊の海外展開を含む諸任務は自衛隊法第一〇〇条の雑則任務として付加されたものである。
わが国の防衛は狭義の「防衛」にとどめるべきではなく、いまや国家の安全保障という広範な概念のなかで捉えられるべきものである。自衛隊の任務も、国際の平和と安定のための貢献という国家的任務に任ずるのであれば自衛隊法第三条に主任務の一つとして規定すべきである。しかも、その国際の平和と安定のための貢献に自衛力を海外展開させるのであれば、それによって追求すべきわが国の国益と優先課題を明示する必要があろう。
この自衛隊の海外展開の基準に関しては現在「恒久法」というかたちで議論されているが、それを新規立法にすべきか、あるいは自衛隊法の改正によるべきかは、法律の対象範囲と程度によるものであると考える。いずれにしてもリスクを負いつつ自衛隊を海外に展開して国益を追求するというのであれば、そもそも国益とは何かについて具体的に明示されなければならない。
第二に、自衛隊の領域外活動のなかで、最も深刻な法的・政治的制約要因は武力行使の禁止と集団的自衛権の不行使である。前者については、たとえばイラクにおいて自衛隊員が自己および自己の管理下にある者の生命を守るため以外には武器使用ができない、という制約を課したまま派遣している。したがって、サマワの自衛隊はオランダ軍やイラク警察に警備をしてもらって任務を遂行せざるをえない。このように他国の軍隊や警察に警備してもらわなければならない武装集団という情けない状況を改善することは緊急の課題であり、これは集団的自衛権行使以前の問題である。
第三に、防衛政策については従来の基盤的防衛力構想がいまや成り立たないことは明らかであり、多様な脅威に対応する防衛力の新たな防衛構想が必要である。専守防衛という考え方ももはや有効でなく、必要な攻撃戦力を維持しておかなければ、多様な脅威・リスクに対応しつつ日米同盟を強化することはできない。
第四に、以上のことを念頭に置きつつ防衛力の在り方を検討すると、従来の防衛計画の大綱を改正してRMA(軍事における革命)を駆使した新しい兵器体系を導入するとともに日本が単独で周辺海域およびその上空の防衛を遂行できる独自防衛力を整備しておく必要があり、不足する部分について米軍に補完させるという着意が必要であろう。自衛隊は、いままでに体験したことのない実体験をイラクで行ないつつある。自衛隊がこの試練を乗り越えて実戦向きの戦闘集団として育つためには、必要な法的・政治的枠組みが整備されなければならない。そのことが今日、自衛隊が直面する最大課題である。
◇森本敏(もりもと さとし)
1941年生まれ。
防衛大学校卒業。
外務省・安全保障政策室長、野村総合研究所主任研究員を経て、現在、拓殖大学教授。
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