2002/08/20 世界週報
太平洋における日米同盟の牽引力
海上自衛隊の将来と展望
拓殖大学国際開発学部教授
森本敏
「和魂洋技」の新生軍
海上自衛隊は今年、発足以来五〇年を迎えるが、帝国海軍の歴史は七七年であり、海上自衛隊が帝国海軍の歴史を超えるのはそう先のことではない。翻って自衛隊の発足を歴史的に見ると、それは朝鮮戦争を契機として米国の極東戦略上の必要から生まれたものである。冷戦期におけるこの極東戦略とは、極東ソ連軍を東アジアで封じ込めることであった。リチャード・ソロモンの「第二戦線論」によれば、欧州もしくは中東において東西両陣営が戦端を開けば東アジアにおいて第二戦線が開かれることになるので、日米両国はこの地域で抑止または対応する必要があり、それが日米同盟の意義と役割であると理解されていた。
自衛隊は戦後日本が極めて特殊な政治土壌の中で創設した新生軍であるが、その草創期に最も大きな影響を与えたのは米軍である。陸上自衛隊は警察予備隊を前身とし、海上自衛隊は帝国海軍人を中心とした要員から成る海上保安庁にできた海上警備隊を前身としていたが、三つの自衛隊がすべて同じような性格を持ち、同じように発展してきたわけではない。陸上自衛隊は旧陸軍の伝統から脱皮しようとして努めて米軍化し、航空自衛隊は全く旧軍にない組織なので抵抗なく米空軍によって創設された新生軍になれた。海上自衛隊は初期の装備は米海軍のお古ではあったがその要員は旧帝国海軍軍人が主体であり、帝国海軍の伝統が最も強く残った。その経緯はジェームス・アワー元米国防総省日本部長の名著「蘇る日本海軍」に詳しい。すなわち、その意味において海上自衛隊は「和魂洋技」の新生軍である。また、このような経緯もあって、それ以後、陸上自衛隊は米陸軍と、航空自衛隊は米空軍と、海上自衛隊が米海軍との強い結びつきができ上がった。
やがて、日本の経済成長が急速に伸びて防衛力整備の面でも一人立ちできるようになるに伴い、米国は日本のさらなる防衛努力や日米安全保障面での一層の貢献を求めてきた。日本が独自に進めてきた防衛力整備に関して米国は防空能力と対潜哨戒能力の向上を強く求め、米軍の兵器体系を購入するように勧め、在日米軍の経費負担を迫り、日米防衛協力を要請してきた。海上自衛隊は三自衛隊の中で最もこの米国の要請を真剣かつ誠実に受け止めたのであり、海上自衛隊は主要装備をほとんど米国から導入し、米海軍とのインターオペラビリティー(共同運用性)を最も進展させた。冷戦期の国防総省日本部長が歴代、海軍将校であったことも偶然ではないし、在日米海軍の隠された任務は海上自衛隊に米国製兵器を売りつけることであったといわれたこともある。実際のところ海上自衛隊はP-3Cという対潜哨戒機を八〇機以上も装備しているが、これは米海軍よりも保有数が多く、また、イージス艦という最新鋭のミサイル艦を四隻装備しているが、世界の中で米海軍以外にイージス艦を装備している国は日本のほかにない。
しかし、こうした海上自衛隊の装備や運用の背景には日米両海軍の運用構想が深くかかわっている。例えば、海上自衛隊の護衛隊群は四つあり、一つの護衛隊群はDDG(ミサイル護衛艦)、DDH(ヘリコプター搭載護衛艦)を中軸とする八隻から編成されている。護衛隊群を四つ装備している理由は、常時少なくとも一個護衛隊群を即応態勢で維持するためであるが、この護衛隊群は米国の空母機動部隊が西太平洋における海上作戦や三海峡封鎖を含む日本周辺海域での活動に従事する場合には、これと合流して作戦活動に参加することができるよう構想されている。すなわち、米空母機動部隊の不足分を補う役割を海上自衛隊が果たし、日米双方で「盾と矛」という役割を分担する相互補完態勢によって東アジアにおける抑止体制を確保してきたのである。P-3C対潜哨戒機はその機動艦隊の対潜哨戒能力を強化するためでもあった。
日米防衛協力の面から見ると陸上自衛隊はかなり米軍とは独立完結性を保有しており、航空自衛隊は防空作戦を独自に遂行できても、攻勢作戦などは米空軍に依存せざるを得ない。その点、海上自衛隊は当初から米海軍と表裏一体の相互補完関係になっているのであり、海上自衛隊は太平洋における日米同盟の先駆者としての役割を果たしてきたと言っても過言ではない。もっとも、その海上自衛隊から見ると米海軍は「親分」であると同時に競争相手である「友人」であり、双方の関係は微妙な愛憎関係にあるといっても良いであろう。
海洋国家日本の国際性を発揮
周辺を海洋に囲まれた日本は言うまでもなく海洋国家であり、国家の生命線を海洋に依存している。対外貿易はもちろん、資源の多くを海外に依存しており、原油についてはその九割を外国から輸入しているので海洋の安全な自由航行を確保することは日本として最も重要な海上防衛力の任務でもある。海上防衛力は従来から、この海上輸送路を防衛するという極めて重要な任務を香たしてきた。この任務はいわゆる「一〇〇〇カイリ・シーレーン防衛」という言葉で説明されてきたが、一〇〇〇カイリとはバシー海峡までであり、日本に入ってくる主要なシーレーンはインド洋、南シナ海を経て南西方向から来るものと太平洋の南方向から北上するものである。
海上自衛隊はこの海域における安全航行を米海軍と共に共同作戦することによって結果として日本の船団護衛を行うという任務に従事し、そのために常時、一個護衛隊群を即応態勢に置く必要から四個護衛隊群(各護衛隊群八隻の計三二隻)を保有していることは既に記述した通りである。また、日本の沿岸海域の警戒と防備のために五つの地方隊を設け、担当する海域ごとに常時、少なくとも二隻の護衛艦を運用するとともに、対馬・宗谷海峡の警戒・監視のために常時、一隻の護衛艦を運用することとしている。
海上防衛力の役割はこのほかに、周辺海域の警備や対外関係の手段としての機能を果たしてきた。周辺海域の警備には災害派遣、機雷除去、船舶検査、海上における警戒監視・警備行動などが含まれ、また、対外関係には国際緊急援助や国連平和維持活動(PKO)・国連平和維持軍(PKF)などの任務やそのための海上輸送・補給、他国との防衛交流、艦艇訪問、遠洋航海、共同演習など広範な活動が含まれる。
海上自衛隊はこのような国際緊急援助活動、邦人輸送のための態勢として輸送艦、補給艦およびDDHを常時即応の態勢で運用しているほか、民生協力のための護衛艦・航空機を派遣できる態勢を取っている。
現実には海上自衛隊の領域外における活動は冷戦後になって急速に増加し、湾岸戦争後にペルシャ湾への掃海艇派遣、カンボジアや東ティモールヘのPKO派遣部隊への補給・輸送支援、トルコヘの住宅輸送などの国際緊急援助活動などに見られるような広範な活動へと広がっている。特に、昨年、米国でのテロ事件を受けてテロ対策特別措置法に基づくインド洋への給油艦、護衛艦の派遣は従来の活動とは性格が全く異なるものである。イージス艦を派遣できなかったのは残念であるが、海上自衛隊が各国海軍と肩を並べて多国籍軍の作戦に参加する初めての経験であり、このことが海上自衛隊の将来に与える影響は極めて大きい。
独立完結性と多様性の追求を
いずれにしても冷戦後はこうした警備行動や国際社会とのかかわりが拡大しており、いわゆる海軍による国際協力・国際交流が急速に発展している。特に、アジア・太平洋において唯一の多国間海軍の対話・協力枠組みである「西太平洋海軍シンポジウム」に従来積極的に参加し、今年は日本が主催国になろうとしている。また、多国間捜索救難訓練や西太平洋潜水艦救難訓練を行うなど多国間における海軍協力に参加しているのは多国間の信頼醸成措置のためだけではなく、地域的な平和と安定のために海軍として有する豊かな国際性を発揮して貢献しようとする海上自衛隊の姿勢がよく現れている。このように従来、砲艦外交と言われるように海軍の威力を誇示して外交手段にしていたのが、今日では海上防衛力によって国際社会との協力や交流を深めようとする傾向にあり、そのことが海上防衛力の持つ性格や装備に大きな変化をもたらしている。
海上自衛隊の将来を展望すると、その基本的な機能は第一に海域から来る脅威に対する国家の防衛であり、この機能を強化するための海上防衛力を拡充する必要がある。その際、従来のように日米間の相互補完性を強化するだけでなく、海上防衛力として独立完結性の高い機能を具備することが求められる。さらには、その主たる脅威はいずれにしても中国から来るものと考えておく必要があり、その点を考慮すると経空・経海脅威に対応し得る防空力とミサイル防衛方を強化しなければならないであろう。そのことは小型で機動性の高い空母艦隊を保有するという選択に迫られる。ミサイル防衛力を保有するイージス艦と護衛艦、誘導ミサイル搭載潜水艦などを装備した複数の空母機動群によって米国との共同活動を行うとともに日本として独自の目的のために作戦し得る機能が必要となる。
第二の機能は国際協力・支援面での機能であり、これは今後格段に広がるであろうが、その主要な役割は紛争に対する多国籍軍的活動への参加・協力である。現在のところ、日本の多国籍軍への支援・協力は限定された後方支援にとどまっているが、これは今後確実に発展する。その際、政治的な意志があっても海上自衛隊の能力がこの活動の程度と範囲を決めてしまうことになりかねない。海上自衛隊がこの面での能力を拡充するためには輸送艦、補給艦や大型多目的艦艇、情報収集艦、ヘリ搭載艦などの艦艇や偵察機を強化しなければならないであろう。
第三の機能は災害・事故に対する救難・救助・災害派遣・輸送・補給・避難・領有権保護などの任務を実行するための機能である。この機能も今後広がる可能性が大きく、そのためには前項に掲げた装備の拡充だけでなく、自衛隊としての統合能力を向上させていかなければならない。海上自衛隊の任務と機能はこのように主として領域外に拡充し、さらに、任務・機能の内容が格段に広がる可能性があるのである。
より重要なことは日本が将来にわたり発展していくためには海洋国家としての繁栄を求めることであり、そのためには海上防衛力が確固としたものでなければならない。しかし、この半世紀の間日本の安全に寄与してきた海上自衛隊の将来は国民の選択に委ねられている。国民が国益という観点に立って海上自衛隊の在り方を考える時期が来ているのである。
森本敏(もりもと さとし)
1941年生まれ。
防衛大学校卒業。
外務省・安全保障政策室長、野村総合研究所主任研究員を経て、現在、拓殖大学教授。
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