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2002年4月号 Securitarian
航空自衛隊の未来
江畑謙介
二〇〜二五年先を考えた計画を
 国際政治(外交)において予測できる未来はせいぜい一五年先までである。ある程度確実なところは五年程度であり、一〇年先になるとかなり不確実要素が増え、一五年以上先の状況はいろいろな要素によって変化するために具体的政策を打ち出すのは難しい。しかし、安全保障における武器体系の装備では、計画策定からその装備を部隊配備して、要員を訓練して使いこなせるようになるまでに一〇年を要するから、この分野では二〇〜二五年先を考えておかねばならない。さらに一度導入した装備は簡単には換えられないから、二〇年以上先でも、その装備がある期間有効性を保つものでなければならない。ステルス機の開発のように、革命的な装備が密かに開発されるという例もあるので、技術の発達と可能性、そしてそれに伴う戦術・運用方法の変化については常に注意しておく必要がある。
 したがって、航空自衛隊の未来を考える場合、政治・戦略、任務、技術という三つの分野から検討する必要がある。
 まず政治・戦略の分野では、あらゆる条件から考えて日米安全保障条約が維持されると考えてよいだろう。日米安保体制はアジア・太平洋地域の安定における重要なシステムとしての性格と役割を維持されるだろう。ここから米軍との共同運用能力を高めるため、米軍との歩調を合わせていく必要性が生まれてくる。
 予見できる将来に、冷戦時代の極東ソ連軍のような強大で、日本の安全保障を直接的に脅かす軍事的脅威が登場するとは考えにくいが、米国防総省がその軍事戦略の第二回四年次見直し(QDR)で指摘する「巨大な資源基盤を持つ軍事的競争相手」、すなわち中国の軍事力強化と、地政学的に摩擦が生じる要因があるロシアの軍事力再建は考慮に入れておかねばならない。その基本は、核兵器も含む大規模な軍事力を使っての、日本の利権と安全に対しての威嚇と攻撃を抑止するという「基盤的防衛能力」である。
 それ以外の小規模な脅威の抑止と対応は、任務の変化という分野に関連する。航空自衛隊は冷戦当時の日本領土・領空の防空中心から、その機能を維持しながらも、多種の任務に対応できる幅広い機能が求められるだろう。その任務には犯罪組織やテロ組織への対応、遠方の海外の地における平和維持・人道的支援活動の実施と支援なども含まれる。さらに、現在よりもはるかに高い陸上自衛隊、海上自衛隊部隊との統合運用と効率化が求められよう。
 そして技術の分野では、ステルス技術や精密誘導兵器だけではなく、無人機(UAV)や飛行船、宇宙システム、ナノテクノロジー、情報技術などにも目を向けねばならない。
防空偏重からの脱却と視点を変えた防空機能
 このような基本条件を踏まえた上で、これからの航空自衛隊はどのような姿を持つべきであろうか。それにはどのような任務に対応できるようになるべきかという、「任務ベース」の機構改革と装備・運用法の変革を中心に据えるのがよいのではと思う。
 まず従来の防空偏重、本土防衛重視から、多任務対応型の装備と運用・訓練に移行する必要があるだろう。防空、日本領空とその近傍における航空優勢の確保は何にも勝って重要であったし、これからも重要である点は否定しない。湾岸戦争でも、ユーゴスラビア空爆でも、アフガニスタン軍事作戦でも、まずその作戦地域の航空優勢、制空権の確保に全力が集中された。
 だが、それは次に行う「本来の任務」を果たすための下地作り、露払い的な作戦であり、本当の目的は地上の偵察であったり、地上や洋上の目標の攻撃である。だから防空能力さえ確保しておけば間違いないというのでは、その先の本来の任務が果たせなくなる。防空(航空優勢の確保)は確かに重要で、これからも予想される航空脅威の変化に合わせて、能力的に遅れることなく航空優勢が確保できる制空戦闘機の能力向上を進めていかねばならないが、「防空」という点から見るなら、それは戦闘機に限るものではない。地対空ミサイルやレーザー兵器のような地上配備型防空システムも含めて考えるべきで、従来の戦闘機が担当した役割部分を地上配備型対空兵器に移管し、総合的に強力な防空態勢を現出させる方式に進まねばならない。現在の対地攻撃が、精密誘導兵器を使って中高度以上の航空から行うようになったのは、精密誘導兵器の進歩という一方の理由の他に、低空がもはや攻撃機にとって安全な領域ではなくなったという事実がある。したがって、守る側は、地対空ミサイルを始めとする防空システムの有効迎撃範囲を更に拡げ、機動力を高めて敵が容易には撃破できないような機能を持たせるという改善を行うべきである。機動性に優れる広域警戒・防空システムは、海外に派遣された陸上自衛隊部隊の防衛にも役に立つ。
 それは同時に日本の側にも当てはまる条件である。つまり、日本に軍事的脅威を与える相手の地(艦)対空能力も改善されるであろうから、航空自衛隊の戦闘機や防空作戦に当たる早期警戒管制機、空中給油機には、常に敵に遅れをとらないように、最新のレーダー・ミサイル警報装置、電子・赤外線・レーザー妨害装置を装備する必要がある。また、現在の憲法解釈からは航空自衛隊の戦闘機が海外に展開して武力行使を行う可能性は当面考えられないが、後述する任務の多様化に応じて海外に平和維持活動・人道支援活動で展開する輸送機などにも、地上からの対空脅威を警戒し、自衛できる装備を与えねばならない。
充実が必要な情報収集機と無人機の導入
 日本の防衛という見地からの多任務化で求められるのは、陸上自衛隊、海上自衛隊との統合的な運用機能の充実である。航空自衛隊偵察機の偵察装備が電子化されて、リアルタイムないしはそれに近い形でその情報を必要とする陸上自衛隊、海上自衛隊の部隊に伝達されるようにするというのは基本中の基本の話で、今更そうすべきだと強調していたのでは話にならない。実情は強調せねばならない状態にあるのは分かっているが、技術はずっと前にそれを可能にさせていたのに、それをやる気がなかっただけの話である。それでもRF-4の偵察装備などで、電子化が少しずつ進められるようになったのは心強い。
 これからの問題は、RF-4の後継機と電子情報収集機の導入であろう。RF-4の後継機は専用の偵察型である必要はない。既にRF-4EJで具体化されているような、偵察ポッド装備方式で対応できるはずで、F-2にその任務を与えたり、航続力が大きいF-15J/DJを使うという方法が考えられるだろう。さらに無人偵察機の導入も積極的に進めるべきだろう。偵察機の任務はどうしても危険が大きい。
 アフガニスタン軍事作戦に投入された米空軍のRQ-4Aグローバル・ホーク無人偵察機が、作戦基地のUAEに着陸する時に墜落したり、約六〇機造られたRQ-1Aプレデター無人偵察機の内、既に二〇機が失われているなど、無人機(UAV)の信頼性に関しては今ひとつ不安が残っていて、これが人口密集地が多い日本での運用をためらわせる要因になるのは否定できない。一九九九年(平成一一年)一一月二二日に、狭山市入間川の河川敷に墜落した航空自衛隊のT-33練習機は、高圧送電線を切断して東京西部広域に停電を引き起こしたが、乗員による住宅密集地への墜落を避けるための努力の結果であった。操縦機能が失われた無人機に、このような最後の努力を期待するのは無理であろう。だが、だからといって無人機の導入に消極的であるなら、ある任務を遂行するのに余分なコストがかかり、国民・納税者の負担を多くするだけではなく、乗員を危険に曝す結果にもなる。作戦基地や運用方式を工夫するなどして、無人機の活用を積極的に進めねばならない。
 無人機の任務の一つとしても挙げられているが、現在の航空自衛隊の能力として欠けている分野の一つが信号情報の収集(SIGINT)である。SIGINTは活用の仕方によっては映像情報よりも広範囲に詳細な状況把握ができる。大型機を重装備する方法もあるが、多数の小型無人機からの情報を融合するという手段もある。有人大型機ならC-Xの有力な応用分野になる。さらに海上自衛隊が装備を進めているOP-3Cのような映像情報収集手段と情報を融合させるMASINT機能の充実にも力を入れるべきだろう。
 多任務化には陸上自衛隊や海上自衛隊との統合運用の促進のために、従来のような防空戦闘機や練習機からのおざなり的な転用ではなく、本格的な対地・対艦攻撃能力を持つ機体の装備と、情報の共有による地上・海上部隊との一体化作戦ができるようにせねばならない。「共同作戦」ではない。「統合作戦」である。多任務用機としてF-4EJ改、そしてF-2の実用化は大きな進歩ではあるが、今後、F-2の改良を基本とするのか、それともF-35JSF計画に日本も参加して(法的解釈の問題があるが)、このステルス性に優れる多用途機の導入を進めるのか、技術と費用対効果から総合的に考えるべきだろう。
積極的な導入を図るべき給油機と輸送機
 これからの航空自衛隊の役割とそのための装備として重要になると思われるのが輸送機と空中給油機である。この両機種の話になると必ず自衛隊の海外展開、隣国への脅威論が出てくるが、どんな技術、装備も諸刃の剣であって、裏の刃を見ているだけでは改良進歩はない。今時、空中給油機の保有に難癖をつけるのは日本の国内と、それを外交上の手段に利用しようとする一部の国だけで、世界一般には給油機保有は当然と考えている。
 航空自衛隊が空中給油機として新規製造の機体に固執するのには抵抗があるが、給油機の保有計画はもっと大規模にしてよい。F-15やF-2だけではなく、E-767早期警戒管制機やC-130H輸送機にも、さらには海上自衛隊のP-3C哨戒機にも空中給油を受けられる機能を追加装備すべきである。技術的に可能なら、U-4多用途支援機にも空中給油の受油装置を付ければ運用柔軟性が向上する。ヘリコプターヘの給油を考えるならKC-130HないしはJ型を導入すべきであろう。C-XやP-Xにも受油機能を備えるべきである。それが運用の柔軟性をどれだけ広げるかは、今更ここで説明する必要はないだろう。
 ただし、給油機の運用は航空自衛隊が一元的に行うようにした方がよく、海上自衛隊が独自に給油機を持つという無駄はすべきでない。
 輸送機は基本的にいって大きければ大きいほどよい。航空貨物には重量よりも嵩が大きいものが多いためで、積めなければ話にならない。また数も多ければ多いほどよい。輸送機は何かしら使い道があるものである。C-1輸送機との一対一の交代などという計画ではなく、一気に数倍の規模の生産調達計画を考えても、このC-Xに関しては価格の低下を始めとして、決して損はしないはずである。ストレッチ型などの派生型も考えられる。だが、C-Xがどの程度地上で小回りができるのか知らないが、C-130クラスの輸送機も有用だし、少数でもC-17のような大型輸送機があると、平和維持・人道支援活動に極めて有効である。F-15一機でC-130なら二機が買える。イギリスはC-17四機をリースした。
宇宙空間の利用と弾道ミサイル防衛
 海外での活動には衛星通信機能が不可欠である。また現地の詳しい気象状況の把握も必要になる。然るに日本は、国民生活に必要な気象衛星すら、何時機能が停止するか分からない綱渡りをしている。「宇宙の平和利用」の解釈問題はあるにせよ、これからは民間、自衛隊を問わず、宇宙の利用を積極的に進めていく必要があるだろう。その際に、民間では概念が薄れがちな(物理的、電子的な)防衛という考え方で航空自衛隊は主導的役割を果たしてもらいたいと思う。そのためには、宇宙空間の利用に関する研究が必要である。
 そして、最後に、宇宙からの脅威、弾道ミサイル防衛(BMD)の問題がある。日本はまだ公式にはBMDシステムの導入を決めてはいないが、弾道ミサイルの拡散の状況を見るなら、BMDシステムの配備は不可欠のものとして準備をすすめておかねばならないように思われる。そのとき、BMDのための新たな自衛隊を設立するのか、それとも既存の自衛隊のどこかが中心となるのか、単に航空自衛隊だけではなく、防衛庁・自衛隊全体の問題として、今から研究を進めておく必要があるだろう。
◇江畑謙介(えばた けんすけ)
1949年生まれ。
上智大学大学院修了。
軍事評論家。
 
 
 
 
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