2000/05/27 読売新聞朝刊
[改定40年・安保の課題](5)TMD 同盟強化にひとつの証(連載)
◆防衛の効果、疑問の声も
二十日に閉幕した核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、核廃絶問題に関する各国の思惑と米国の全米ミサイル防衛(NMD)計画とがからんで微妙な駆け引きが繰り広げられた。
「パンドラの箱を開けるようなことはやめてくれ」
会議の最終盤、米担当者は、「核戦力の透明性」強化などに消極的な中国を非難しようとする各国にこう言って自制を求めた。批判を受けた中国が反発して、矛先を米国のNMDに向けかねないためだ。「ほとんどの国がNMDには反対。米国は孤立している」(会議に出席した日本政府関係者)状況で、これ以上NMDがやり玉にあげられることを米国は恐れていた。
NMDは米国本土を対象とした弾道ミサイル迎撃システムで、二〇〇五年度からの実戦配備を目指している。だが、戦略核攻撃への防御手段を制限することを目的にした弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約に違反するとして、中国、ロシアが強硬に反対しており、欧州各国も否定的だ。
ただ、日本は明確な姿勢を示していない。昨年十二月の国連総会でNMD封じ込めを狙うABM制限条約強化を求める決議が圧倒的多数で採択されたが、日本は棄権した。「NMDの具体的内容がよくわからない」(外務省)という理由からだが、八月に米国との共同技術研究に着手したばかりの戦域ミサイル防衛(TMD)への影響を懸念した、との見方も少なくない。TMDは米国が、海外に展開した米軍や同盟国を守るために進めているもう一つの弾道ミサイル防衛構想。日米が共同研究するのは、イージス艦から迎撃ミサイルを発射し、高高度で弾道弾を破壊する海上発射型上層システム(NTWD)だ。
九八年八月の北朝鮮のテポドン発射事件以来、弾道ミサイルへの脅威は現実のものとなった。防衛庁の佐藤謙事務次官は「弾道ミサイル技術の拡散を踏まえ、国民の生命、財産を守る手段を考える必要がある」と強調する。
ただ、防衛庁内部でさえ、TMDに否定的な声がくすぶっている。研究、開発と進めば、ばく大な費用が見込まれることに加え、実際にTMDが日本の防衛に役立つか、不透明な部分が多いためだ。
ある防衛庁幹部は「日本は三十年も前から旧ソ連の弾道ミサイルの脅威があったが、米の『核の傘』のもと何事もなくやってきた。今、TMDが必要なのかという疑問はある」と語る。
一方で、「TMDは日米同盟の証(あかし)でもある」(佐久間一・元統合幕僚会議議長)というように、防衛上の必要性に加え、日米安保強化の視点から、積極的に取り組むべきだとの声もある。
TMDは九三年に日米の事務レベルで検討を始めてから、共同研究に着手するまで六年がかかった。
この間、外務省、防衛庁・自衛隊と米国防総省による課長級の「日米TMDワーキンググループ」の会合が十二回開かれた。さすがにこの席上では、表立って口にしなかったものの、協議が終わった後、米側メンバーが日本側の担当者に「北朝鮮が弾道ミサイルの開発を進めているのに、何をのんびりしているんだ」と強い不満を示す場面もあった。同盟国として応分の負担を期待する日本へのいらだちだった。
防衛庁幹部は「日本の防衛にTMDが必要という意味もあるが、それを作るプロセスが日米関係に与える意義はそれ以上に大きい」と指摘する。日本のTMD技術研究は二〇〇三年まで続けられ、その時点で改めて開発に入るかどうかを判断するが、米国がNMDの開発で国際的孤立を深める中、TMD研究への風当たりは、今後強まる可能性もある。
TMDは日本の防衛と日米同盟強化のために重要な意味をもつにせよ、重い負担であるのは確かだ。
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