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1990/12/23 読売新聞朝刊
[脱冷戦の次期防](下)新大綱萌芽のきざし 国際情勢見据え論議を(連載)
 
 「初めに『大綱堅持』ありき」−−今回の次期防衛力整備計画(次期防)は、十四年前に制定された“時代遅れ”の「防衛計画の大綱」に基づいて策定された。「一度、大綱の見直しに手をつければ防衛力整備水準の下方修正は避けられない」との判断から、防衛庁サイドが「大綱堅持」を強く主張したためだ。が、政府・自民党内では「現在の大綱に基づく防衛計画はこれが最後」との見方が広まっている。
 最大の理由は、もちろん米ソ冷戦構造の崩壊という国際情勢の劇的な変化だ。
 極東ソ連軍の「潜在的脅威」をタテに防衛力強化を推進してきた防衛庁は、海部首相の意向を受け、九月に公表した平成二年版「防衛白書」で十年来の常用句だった「潜在的脅威」の表現を初めて削除した。白書では、まだ「極東ソ連軍の動向から来るわが国周辺地域の厳しい軍事情勢には依然変わりはない」と影響を小さく見ていたが、次期防に先立って十九日に決定された「平成三年度以降の防衛計画の基本的考え方について」では、極東ソ連軍に関し、「質的向上は依然として続いているものの、量的には削減傾向がみられる」と率直に認めるまでに様変わりした。
 防衛庁幹部の中には、早くも「北(ソ連)の脅威が薄れた分、これからは、流動化が予想される朝鮮半島情勢に目を向けることが大事」との声もある。
 自衛隊を取り巻く国内の環境の変化も「大綱堅持」を困難にしている。例えば隊員の募集難。大綱別表は陸上自衛隊の定員を「十三個師団、十八万人」と定めているが、実数は約十五万二千人(十月末現在)しかいない。自衛隊は、若者に不人気な「きつい、汚い、危険」の3K職場の一つといわれる。好景気や出生率低下による若年人口の減少といった側面もあり、この先、隊員の充足率向上はとうてい期待できそうにない。
 こうした内と外の事情から、政府・自民党内では「新たな大綱が必要」(政府筋)という声がくすぶり始めている。実際、「大綱堅持」の下で作られた今回の次期防にも、そうした“新大綱への萌芽(ほうが)”が垣間見える。
 その一つは、新たな国際情勢認識を盛り込んだ「基本的考え方」を、大綱と同レベルの閣議で決定したことだ。これにより実情に合わなくなった大綱の「国際情勢」の項目は事実上、修正された。
 また、人員の面では、当面、陸海空とも現状以上に定員を増やさないとする一方、「計画期間中に定数を含む防衛力の在り方を検討する」との方針を打ち出した。
 志摩篤・陸上幕僚長は、これを受け、「陸海空の総合的な見直しが必要だ」と強調。制服の現場ではすでに具体的な検討に着手しているところもあり、少なくとも別表の見直しは不可避となりつつある。
 “ポスト大綱”を念頭に置いた発言も増えてきた。
 自民党の小沢一郎幹事長は「削減計画を進めている在日米軍の肩代わりをして、わが国の防衛力を拡大していくのか、在日米軍と歩調を合わせて防衛力水準を引き下げていくのか、この選択が最大のポイントだ」と指摘している。
 今回の湾岸危機で日本の国際責務が安全保障の面でも厳しく問われたことを踏まえ、「自衛隊の役割を見直し、国連の平和維持活動への協力を防衛政策の中に積極的に位置付けていくべきだ」(防衛庁幹部)との意見もある。
 “脱冷戦”の歴史的転換期を迎え、防衛費の削減という「平和の配当」を求める国民世論も高まっている。古い殻に固執することなく、新しい発想で防衛力のあり方を根本から論議すべき時代に入ったことだけは間違いない。
 
 
 
 
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