1989/04/25 読売新聞朝刊
[社説]日米関係の変化を直視せよ
日本の国会が空転を続けているのと対照的に、米議会では、安全保障と貿易・経済の両面から、いま対日政策のあり方を抜本的に問い直そうとする論議が、活発に進められている。
米国内の世論調査では、米国の安全保障に対する最大の脅威は、今やソ連の軍事力ではなく、日本の経済侵略だ、という回答が多数派を占め始めた。
「力の衰退」が指摘されている米国は、競争力を回復するために、政策転換を図らざるを得ない。その結果、日米間の摩擦は文化面にまで拡大しながら一段と激化しそうだ。
日本としては、外交の基軸である日米関係が、歴史的な構造変化に直面しているという認識に立って、安定的な関係の再構築を目指して、的確に対応する必要がある。日本の政治の先見性と対応力が、今ほど強く要請されている時はない。
◆日本脅威論の背景は何か◆
米国の「変化」を集約的に示しているのが、航空自衛隊の次期支援戦闘機(FSX)の共同開発をめぐる日米間の対立だ。
レーガン政権時代までの米国は、「防衛」分野の問題は、経済問題などとは絡ませず、独立した“聖域”扱いをしてきた。しかし、ブッシュ政権発足と同時に、米側の対応は変わってきた。レーガン時代のFSXの共同開発に関する日米合意は、貿易、技術摩擦の見地から、米議会などで問題視され、日米再協議にもつれ込んでいる。
日本はこれまで、米国の誇るテレビ、鉄鋼、自動車、半導体などの産業分野で、じわじわと米国を追い抜いてきた。他方、米側が強く求めてきた農産物や流通面などの市場開放について、日本側の対応は極めてにぶく、米側のイラ立ちを強めてきた。
いま米側は、先端技術を駆使するFSXの共同開発を通じ、日本の航空機、電子産業の競争力が一段と高まることに警戒心を抱いている。その結果、ソ連の脅威が減少していることに伴い、「防衛」分野の聖域扱いは崩れ、貿易、技術などを優先させる政策へ転換を始めたようだ。
日本側には、政府間の合意にいまさら異議を唱えるのはけしからんという米側への反発がある。確かに、米側の対応には遺憾な点がある。しかし、そこに至った過程を抜きにして、ただ遺憾だと感情的に米側の非だけをなじっても、もはや問題解決を遠のかせるばかりである。
日本脅威論や黄禍論まで飛び出す米国の国内状況を十分に分析して、冷静に対応を考えるべきだろう。
◆日本の対応をアジアも注視◆
米側にも、最近の日米関係を憂慮し、米国内の一方的な対日批判に警告する声がある。有力シンクタンク「ケイトー研究所」のデービッド・ボーズ副所長は、米紙に論文を寄せて、「異文化への理解不足、特に日本についての米国人の情報不足」が、黄禍論の原因だと分析した。
マンスフィールド前駐日大使も、最近、外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」に「日本と米国−−運命共同体」と題する論文を寄稿、日本の一層の市場開放努力を求める一方で、米国の議員とマスメディアは、日米関係を誤解していると述べ、より大きな非は、米側にあると指摘した。
しかし、これだけで、米側の誤解は解けそうもない。誤解は、日本人自身の手で解消させなければなるまい。
国民総生産(GNP)世界一位の米国の「軍事力」とドルという「基軸通貨」の地位を、GNP二位の日本の「技術力」と「資本力」が支えれば、日米関係は一見、うまく機能するように思える。しかし、米国民からみると、この図式は、米国自身の経済が、日本に侵食される図式と映る。
この点をどう克服するかが、日米関係の安定化を図るうえでの最大のポイントだ。むずかしい問題だが、GNP世界一位と二位の国の協調関係が、崩れるようなことがあれば、世界は混乱する。このハードルは何としても越さなければならない。
米側の批判の目は、日本ばかりでなく、経済力をつけてきたアジアの新興工業国・地域群(NIES)などへも向けられてきている。日本が米国にどう対応するか、日米協調関係の発展を望んでいるアジア諸国にとっても重大な関心事となっている。
◆政治の求心力回復が先決◆
こうした重大な時期を迎えているのに、リクルート問題に汚染された日本の政治は今、前向きの対応能力を欠いているばかりか、農産物の市場開放問題などでは、後戻りの傾向さえみられる。遺憾なことだ。
最近訪米した通産省幹部は、米当局者から「日本に今、政策決定能力はあるか」と問われ、「少なくとも参院選が終わるまではだめ」と答えたところ、相手から「外務省幹部も同じことを言っていた。いつも対立する両省の見方が一致するのはめずらしい」とひやかされた。笑い話と言うだけでは、すまされない話である。
日本の年内の重要な政治日程には、パリの先進国首脳会議、参院選、臨時国会、自民党総裁選などがあり、これに衆院解散・総選挙を加えなければならないかも知れない。こうした状況下で、政治の混乱はいつまで続くのか。
日本の政治は今、正念場を迎えている。政治改革を断行して、腐敗の根を断ち、与野党の対立を解消して、国会を審議の場に戻さないと、重要な政策決定は遅れるばかりである。そのうえ、日本の進路にも重大な影響が出るし、左右両極の急進勢力が台頭する恐れもないとは言えまい。
戦後の日本は、日米関係の上に立って、平和国家の道を歩んできた。その日米関係を改めて立て直す必要が出てきた今、まず重要なのは、政治の求心力の回復である。
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