2004/01/21 毎日新聞朝刊
[クローズアップ2004]イラク・自衛隊派遣 陸上自衛隊先遣隊が活動開始
◇安全確保に不安残し
イラク南部サマワに入った陸上自衛隊先遣隊は20日、本隊受け入れに向け、宿営地の建設予定地を視察するなど本格的な調査を開始した。先遣隊は手始めに米英占領当局(CPA)や県などと調整を行い、駐留するオランダ軍から治安情報の収集を急いでいる。防衛庁は自衛隊がテロや暴動などに応戦しても武力行使にあたらないと「理論武装」に躍起だが、安全確保になお不安は残る。
◇復興めぐり、市民と早くも「ずれ」
◆環境対応が課題
先遣隊のうち約15人は20日早朝、サマワ南西部にある陸自本隊の宿営予定地を視察、治安状況や地質などを調べた。周囲は砂漠地帯で、ぬかるみも多く、砂ぼこりが激しい。各外国軍は、こうした劣悪な環境の中で、飲料水や食料、居住空間をいかに整備するかに頭を悩ませており、自衛隊にとっても、その対処が最初の課題となりそうだ。
南へ約60キロのナシリヤに展開しているイタリア軍は、飲料水や食料などをすべて母国イタリアをはじめ外国から「輸入」。シャワーの水も浄化し、エアコンを全室に整備するなど、長期の駐留に耐えられる環境整備に取り組んでいる。
◆関係機関と協議
先遣隊はまた、外務省の職員ら5人とCPAの事務所を訪れ、今回の任務を説明して協力を確認。地元のムサンナ県庁も訪れ、県全体としてどのような復興支援のニーズがあるかを探り、協力を求めた。応対したムハンマド・アリ・アルハッサニ知事は「県を挙げて歓迎します」と語ったという。知事は会談後、先遣隊の佐藤正久隊長と手を取り合って協力関係をアピール。「会談はすばらしかった」と語ったが、具体的な協議はこれからだ。
サマワの公共施設は、県立教員養成学校など一部が爆撃で破壊され、戦争の被害に遭っている。給水施設は老朽化が進んで傷みが激しく、断水は日常茶飯事。病院も設備が損傷し、衛生状態が極度に悪化しているのが実情で、復興支援の対象をどう選定するかも難題だ。
◆期待と警告と
この日、サマワではイスラム教シーア派の信者らが、CPAの入る市中心部のビル前で、早期の直接選挙を求める約500人規模のデモを行った。参加者からは、早期選挙実現に「自衛隊が協力してくれるはずだ」との期待の声が上がり、「協力しなかったら、誤った占領政策の協力者とみなす」との警告の意見も聞かれた。
デモに参加していた政党職員のアイサ・カーボンさん(41)は「自衛隊の復興への協力には感謝する。しかし、私たちが本当に求めている直接選挙には、残念だが関係ない」と話した。地元部族長のサラム・ハムゼマフーフさん(33)は「日本は戦争に加わらなかった友人のはずだ。なぜ自衛隊は早期選挙実施に協力してくれないのか」と強い調子で語った。
「復興」を目指す日本と、イラク市民の思いの間で微妙な「ずれ」が早くも見られた形だ。
【サマワ斎藤義彦、成沢健一】
◇テロ「戦闘ではない」−−防衛庁が“理論武装”
陸自の先遣隊がサマワに到着したことに伴い、今後はイラクで頻発するテロや現地住民の暴動などが起きた場合の政府の対応も焦点となる。石破茂防衛庁長官は20日の記者会見で、「テロ、物取りのたぐいは戦闘行為という評価にならない」と述べ、自衛隊がテロ攻撃に応戦しても武力行使には該当しないとの考えを示した。テロや暴動が起きた場合に備えて「理論武装」したものだが、21日の代表質問から本格化する国会審議で、野党側は海外での武力行使を禁じる憲法との整合性について追及を強めそうだ。
イラクではバグダッドを中心にテロ攻撃が頻発。サマワは比較的平穏とされるが、職を求める住民デモが多発し、駐留オランダ軍と衝突して死傷者も出ている。
イラク特措法は、憲法上の制約から、自衛隊の活動を非戦闘地域に限定。防衛庁長官は法律の要件を満たさないと判断した場合、活動の中断を命じることになっている。ところが、石破長官の発言は、「戦闘行為は国際紛争を解決するための武力行使」「戦闘地域は国または国に準ずる者による組織的、計画的な武力行使が行われている地域」とする政府の見解に、テロや暴動が該当しないとの考えを明確に示したものだ。このため政府は、サマワで陸自がテロ攻撃などを受けても直ちに撤退させない意向。20日の自民党国防部会では自衛隊が撤退する場合の基準について議論になったが、政府は「その時の全体の状況を見て判断すべき問題」(福田康夫官房長官)と撤退の可能性に言及することを極力避けている。
【宮下正己】
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|