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2000/07/31 毎日新聞朝刊
[特集]拡大続けた自衛隊 来月、発足50周年(その1) 21世紀の安全保障
 
 自衛隊は8月10日、陸上自衛隊の前身となった警察予備隊令の施行から満50年を迎える。1950年6月の朝鮮戦争ぼっ発を受け、連合国軍総司令部(GHQ)の指令で急きょ作られた軍事組織は、冷戦を経て自衛官約24万人、防衛予算約4兆9000億円の世界有数の「軍隊」に成長した。冷戦が終了し、国際情勢が変化した今、これだけの規模の組織が必要なのかどうか。また、部隊の再配置や運用の見直しをどうすべきなのか。半世紀を経た自衛隊の現状と課題を検証した。
【飯島一孝、前田博之、中村篤志】
◆TMD
◇周辺国と摩擦、根強い慎重論
 「防衛手段を持っていない日本が国民の生命を守る対応措置を研究することであり、その必要性は何ら変わっていない」
 九州・沖縄サミット(主要国首脳会議)が終了した翌日の24日。佐藤謙防衛事務次官は記者会見で、日米が共同技術研究を進める戦域ミサイル防衛(TMD)構想の必要性を強調した。ロシアのプーチン大統領が同サミットで、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のミサイル開発を「防衛目的」と主張、間接的にミサイル防衛構想への疑問を投げかけたことへの反論だった。
 日米両政府は昨年8月、弾道ミサイル防衛の共同技術研究に関する書簡を交換した。政府は今年度予算にロケットや弾頭部分の設計など約20億4800万円を計上。来年度からは標的の識別、追尾を行う赤外線シーカーについて、米側と並行して試作に取り組む方針だ。現在、策定作業を進めている次期の中期防衛力整備計画(次期防)では、海上発射型のTMD配備も視野に、イージス艦の追加配備も検討している。
 ただ、今後の経費には技術研究だけでも、200億〜300億円はかかる見通し。「日米間の協力は日米安全保障体制の信頼向上につながる」との積極論の一方、財政再建で限られた防衛予算をどれだけTMDに回すのか、ハイテク化に伴い高価な他の装備との兼ね合いもあり、防衛庁内にも慎重論がくすぶっている。
 政府は、米国が在外米軍などを守るためと位置付けるTMD構想という名称を避け、BMD(弾道ミサイル防衛)と呼んできた。「わが国の防衛上、国民の生命、財産を守るため」(防衛庁幹部)という大義名分のためだ。また、あくまで技術研究と説明している。
 しかし、アジア周辺諸国の受け止め方は厳しい。特に江沢民・中国国家主席は18日、訪中したプーチン大統領と会談、日米が共同技術研究を進めるTMD構想について、「重大な懸念と断固たる抗議の意を表する」とする中露共同声明を発表した。これに対し、防衛庁は「弾道ミサイルを持っている人(中国)に言われても困る」(幹部)と反発を隠さない。
 日本のTMD技術研究に呼応するかのように最近、日本近海で中国艦船や情報収集船が活発に活動し始めた。今年5月、情報収集艦が初めて津軽海峡を通過したほか、今月に入っても、中国海軍の艦艇「東調232」が東海地方沖などを航行。海上自衛隊の護衛艦が追尾するなど、日中間はぎくしゃくした関係が続いている。
 TMDの共同開発研究は、一昨年8月の北朝鮮によるテポドン発射がきっかけだった。しかし、日本と北朝鮮は26日、バンコク市内で初の日朝外相会談を行い、来月21日から東京で日朝国交正常化交渉を再開することで一致するなど、TMD開発を取り巻く環境は変わりつつある。共同研究はアジア・太平洋地域の新たな緊張を招きかねず、政府は柔軟な対応が求められている。
◆日米安保
◇議論は低調、進む連携−−問われる国会の調査能力
 自衛隊と在日米軍は11月、日米共同統合演習を予定している。共同統合演習は年度ごとにコンピューターシミュレーションによる指揮所演習と実動演習を交互に行っており、今回は実動演習の年となる。昨年5月の日米防衛指針(ガイドライン)関連法成立後、日米共同統合演習で実動部隊の演習が行われるのは初めて。
 日米防衛指針関連法成立により、朝鮮半島など日本周辺で武力紛争などの周辺事態が発生した場合、自衛隊の米軍支援が可能となった。虎島和夫防衛庁長官は18日、同庁を訪れたスローコム米国防次官に対し、「日米安保体制はアジア太平洋地域の平和と安定の維持に不可欠」と強調した。防衛庁は現在策定作業に着手している次期防について、来年、国防計画見直しを行う米側とも調整する方針だ。
 政府は25日、自衛隊や米軍に対する地方自治体や民間の協力をまとめた解説をまとめ、自治体に配布した。解説は地方議会の決議や住民請求は、自治体が政府の協力要請を拒む「正当な理由」には当たらないと明記し、自治体の「独自判断」を制限する内容となった。
 今年は、日米安保条約が改定されてから満40年に当たり、日米防衛指針関連法の成立からも約1年たつ。ガイドラインの実効性を高めるため、日米両政府の緊密な連携が進む一方、先の衆院選では安全保障政策は争点に上がらず、国会での日米安保論議は低調だ。関連法は周辺事態に際し、自衛隊が実施する後方地域支援や捜索救助活動について緊急時を除き、国会の承認を得なければならない、と規定している。しかし、日本周辺有事を具体的に想定し、自衛隊はどこまでできるのか、という現実的な議論は聞こえてこない。
 五十嵐武士・東大法学部教授(アメリカ政治外交史)は「周辺事態が起きた際、どれだけ日本が自主的な判断ができるかが重要だ。安全保障問題について、普段から国会で実質的な議論をする、与野党の力量が問われている。まず安全保障について国会の調査、立法機能を高めるため、国会の安全保障専門スタッフを大幅に拡充する必要があろう」と提言している。
◆PKO
◇国家戦略描けず−−武器使用、憲法との整合性問われ
 日本で人的な国際貢献論議が本格的に始まったのは、10年前のことだ。1990年8月、イラク軍がクウェートに侵攻した湾岸危機がぼっ発。政府は多額の財政支出をしたが、国際的には評価を得られず、国連平和協力法案を提出した。しかし、海外派兵に対する世論の反発から廃案になり、92年6月になって国連平和維持活動(PKO)協力法が成立した。98年6月には隊員個人の判断にゆだねられていた武器使用を原則、上官命令にすることなどの改正が行われた。
 PKO協力法の成立以降、自衛隊は92年の国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)への施設部隊派遣のほか、モザンビークに輸送調整部隊、ゴラン高原に輸送部隊を派遣するなど実績を積んできた。ただし、現在は国連平和維持軍(PKF)本体業務への参加を「凍結」している。自自公3党は昨年10月、当時の連立政権づくりにあたり、凍結解除を政策合意に盛り込んだが、実現していない。
 「3党協議ではPKF凍結解除やるべしとゴーサインを出している。ずばりお聞きするが、防衛庁長官はどういうお考えか」。4月の衆院安全保障委員会で、与党議員からストレートな質問が飛んだ。だが、「凍結と解除」という政治の二者択一論を見守る政府には複雑な思いがくすぶる。派遣地域をどう選ぶのか、PKOの派遣基準がいまだはっきりせず、「国家としての戦略がない」(政府筋)との危機感があるからだ。
 ただ、政府内のやりとりも「国際貢献重視の立場から出したがる外務省と派遣要員の安全にこだわる防衛庁」(政府筋)の綱引きが続き、外交上の戦略論にまで踏み込んだ議論は少ないという。
 一方、陸上自衛隊には、運用面での懸念がある。特に武器使用を必要最小限に限るPKO法の参加5原則については、「一緒に活動している他国のPKO要員を助けるために武器を使用できない」(磯島恒夫幕僚長)として、PKFへの参加を解除するなら、参加5原則見直しも議論すべきだとの考えが根強い。
 PKO法が定める参加5原則は(1)紛争当事者間で停戦合意の成立(2)当該地域の属する国を含む紛争当事者がPKOの実施と日本の参加に同意(3)中立的立場を厳守(4)前記の原則のいずれかが満たされない状況が生じた場合、参加部隊は撤収できる(5)武器使用は要員の生命防護のために必要な最小限のものに限る、の五つ。
 冷戦終結後の地域紛争は、紛争当事者がはっきりしないのが特徴だ。このため、防衛庁には「5原則がある限り、人道的な援助でも自衛隊は出られなくなる」(幹部)とのあせりがある。しかし、武器使用基準の見直しは、武力行使を禁じた憲法との整合性が問われかねない。
◇防衛大綱と中期防
 日本の防衛力のあり方や整備目標などの基本方針を定めたのが防衛大綱で、前大綱を見直して1995年末に現在の防衛大綱が決まった。冷戦の終結で世界的規模の武力紛争の可能性が低くなる一方、地域紛争の激化、核やミサイルの大量破壊兵器拡散などの新たな危険性が増加している現状に配慮し、「必要最小限の基盤的な防衛力を保有する」ことをうたっている。
 中期防は防衛大綱を具体化するため、装備品の調達内容・規模などを定めた5カ年計画で、現在の中期防は96〜2000年度。主要装備のコンパクト化、合理化、効率化などを基本に決定したが、財政事情の悪化で1997年12月に見直し作業を行い、総限度額を当初計画の約25兆1500億円から約24兆2300億円(ともに95年度価格)に圧縮した。
◇PKOとPKF
 紛争地域の平和維持のため、国連指導下で戦闘以外の目的で第三国が取り組む諸活動がPKO。停戦監視や兵力引き離し、被災民の救援や被害復旧、選挙監視活動などが主要任務。日本では宮沢内閣時代の92年、「国連平和維持活動協力法案」(PKO協力法案)が成立。その後、アンゴラやカンボジア、モザンビーク、エルサルバドルのPKOやゴラン高原に自衛隊を派遣した。PKOのうち、停戦監視や検問、パトロールなどの直接的な行動に当たる部隊がPKFで、基本的には戦闘行動を目的としていないものの、紛争が再燃して戦闘に巻き込まれる恐れが高いといわれている。
◇個別的・集団的自衛権
 自国に対する紛争などの直接的な危害を排除するために武力を行使できるのが個別的自衛権。一方、同盟国などが武力攻撃を受け、自国の安全が侵害される恐れがある場合に武力攻撃できる権利を集団的自衛権と呼ぶ。日本は憲法9条の規定で一定の制約があり、政府は「集団的自衛権は保有するが行使は認められない」と解釈している。
 日米安全保障条約第5条には「日本の施政領域下でいずれか一方の締約国への攻撃に対し、日米両国が共同で防衛する」と規定。政府は「在日米軍への攻撃に対し日本が行動するのは個別的自衛権の発動」という見解を取り、「集団的自衛権の行使にあたる」とする野党側と対立してきた。
◇NMDとTMD
 冷戦終結後、核などの大量破壊兵器や弾道ミサイルが拡散している状況から、米国を中心に迎撃ミサイル開発を中心とした弾道ミサイル防衛(BMD)構想が進められている。このうち、大陸間弾道弾(ICBM)などの戦略ミサイルから米国本土を防衛することを念頭においた防衛構想がNMD、中距離弾道ミサイル(IRBM)から在外米軍と同盟国を防護するのがTMDだ。TMDでは、高高度でミサイルを迎撃する新システム開発が必要だ。
◇有事法制
 日本に対する武力攻撃が起きた場合、自衛隊や在日米軍の行動、国民の生命や財産保護のために求められる法制度が有事法制。防衛庁管轄以外の法律の見直しも求められ、例えば陣地構築のために現行では「河川法」「森林法」など国土利用に関する諸法律に基づく許可手続きが必要で、現行法のままでは有事に即応できない。77年、首相の承認を得て防衛庁で研究が始まり、問題点の整理はおおむね終了している。
 故小渕前首相が今年3月、防衛大学校の卒業式などで「自衛隊の文民統制を徹底するためには必要だ」と訓示、さらに森喜朗首相が国会の所信表明演説の中でも同様の考えを表明した。
 
 
 
 
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