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2000/05/24 毎日新聞朝刊
[ニュースキー2000]ガイドライン法、成立から1年 描けぬ安保の未来像
 ◇民間協力など運用面に課題
 日米防衛指針(ガイドライン)関連法が成立して24日で1年。朝鮮半島など日本周辺の武力紛争で日本が米軍を支援する「器」(法的枠組み)は整った。しかし、それに何をどう盛りつけるかという肝心の作業には成果がなく、日米防衛指針が目指した日米安保の将来像は描けていない。折しも米国の研究者が日本の近未来危機シナリオをまとめ、政治の混迷の陰に追いやられている安保論議の現実とのギャップを浮き彫りにした。21世紀の危機に、日本はいかに対処できるのか。
【高畑昭男、中村篤志】
 日米防衛指針の実効性を高める具体的な作業は、思うようには進んでいない。「周辺事態」の定義や地方自治体や民間協力など、昨年の国会審議で浮き彫りになったあいまいな部分は依然、課題として残り、防衛庁・自衛隊からも運用面で懸念が出始めている。
 関連法の柱となる周辺事態法は、周辺事態を「わが国周辺の地域におけるわが国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」と定義した。ただ、昨年の自民党と自由党の修正協議で「そのまま放置すればわが国に対する直接の武力攻撃に至る恐れのある事態等」という「準有事」の概念を例示に加えたため、「外部からの武力攻撃やその恐れのある場合」の日本有事との境目が不明りょうとなった。
 このため、防衛庁幹部は「日本防衛という自衛隊本来の任務と、米軍への後方地域支援の間で自衛隊の部隊をどう展開するか調整がついていない」と言う。
 また、緊急時に日米両国の関係機関と自衛隊、米軍の調整を図るため、日米間で「調整メカニズム」をつくり各省庁が参加することになっているが、具体的な作業は進んでいない。
 さらに、周辺事態の際に地方公共団体や民間に求める協力について政府は昨年7月、細かい解説書をまとめ自治体に配布した。しかし、米軍基地を抱える14都道県知事でつくる「渉外知事会」は「どんな役割を期待されているか明確になっていない」と不満を漏らしている。
◇安全保障に対するイニシアチブ必要
 森本敏・拓殖大国際開発学部教授は「ガイドラインは、まだ道半ばといっていい。沖縄米軍基地問題の対応の遅れなどからガイドラインを取り巻く日米関係は悪化し、今後、米側からの圧力もかかり始めるのではないか。次期衆院選後にできる政権は安全保障に対する新たなイニシアチブが必要だ」と話している。
◇対応力問われる日本−−「危機シナリオ」MITが想定
 米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループ(座長・リチャード・サミュエルズ教授)は23日までに、今後15年間に起きうる四つの危機シナリオを含むシミュレーションをまとめた。改憲、海外派兵、中国の分裂などをちりばめたシナリオは、日米同盟やアジアの近未来に警鐘を鳴らし、日本の選択を鋭く問いかけている。
■同盟の限界■
――シナリオ<1>――
 《2010年、インドとパキスタンが軍事衝突。インド洋の自由航行が危機にさらされた。日本が護衛艦出動を拒んだため米国は空母を派遣したが、パキスタンの核ミサイルが命中し大量の米兵が死ぬ。米国ではアジア撤退論と対日非難が沸騰。大統領はインド洋に再展開する米軍の埋め合わせに日本艦隊のフィリピン常駐を要求した。
 日本は6年前に改憲に踏み切り、海外派兵も可能だったが、「同盟が破棄されれば核の傘が失われ、アジアの秩序も崩壊する」と主張する防衛庁、大蔵省に対して、外務省は「中国やアジアを刺激する」と派兵に反対。首相はどんな決断を下すべきか?――》
■中国の将来■
 中国に関しても「世界貿易機関(WTO)加盟」を前提に、二つのシナリオを描いた。
――シナリオ<2>――
 《2004年、グローバル化の荒波をまともに浴びた中国の国営企業は滅び、大量失業、都市の荒廃が全土を襲った。中国はWTOを脱退、外国企業の国有化を強行し、民族主義的な軍事国家に変身。南シナ海では中国海軍が海底資源をめぐってインドネシア軍と交戦、東南アジア諸国連合(ASEAN)は日米の救援を求めたが、米国は動こうとしない。中国は「日本が中立を守れば日本企業に中国国内の独占権益を与える」との密約を提案。日本はASEANの期待を裏切って中国と手を組むのか、米国に代わり、秩序擁護に立ち上がるのか?――》
――シナリオ<3>――
 《同じ2004年、中国の新疆ウイグルではイスラム過激派経由で化学兵器を入手した組織が独立闘争に決起。また沿岸地方も中央に反抗し、各地で内戦状態に。上海や広東は独立を想定して日本に個別協力を持ちかけ、逆に中国国家主席は「中国が分裂すればアジア経済が崩壊する」と日本に救援を求めた。日本は中国崩壊を傍観すべきか、あるいは軍事抑圧国家の生き残りを助けるのか?――》
■日本の没落■
 日本も、高齢化社会への対応に失敗し、経済大国の座から転落するとの想定を織り込んだ。
――シナリオ<4>――
 《2014年、民主化と経済改革に成功した中国はWTO事務局長の座を射止め、日米は経済低迷にあえぐ。アジア通貨危機が発生、ASEANは日本と中国に救援を求めた。中国は、米国と同調して「ASEANはみずからの国内改革が先だ」と金融支援を拒絶した。日本は東南アジアを助けてブロック経済化に動き没落の道を歩むのか、米中に賛同してアジアと自国の改革を選ぶべきか?――》
 同グループは過去に、ペルーの日本大使公邸占拠事件などを先取りした分析が注目された。「グローバル化」と「兵器拡散」を軸に危機を想定した今回のシナリオについて、サミュエルズ教授らは「思考を刺激するための想定であり、予言ではない」と断っているが、アジアの米軍プレゼンス削減や中国の不透明な将来像は、米国防長官の諮問機関「21世紀国家安全保障委員会」の報告とも通じる部分が多い。
 教授らは「グローバル化がもたらす自由化、民主化は万能とは言えない」と指摘。急激な自由化の反動が兵器拡散と結びつき民主化の逆行や軍事国家の出現、ひいては国家分裂を引き起こす「相乗作用」を生む危険性を警告している。クリントン政権や日本の専門家はグローバル化や情報技術(IT)革命に「バラ色の未来」を唱えるが、分析はこうした楽観論に冷水を浴びせる内容だ。
 (シミュレーションの全文は25日発売の「文芸春秋」臨時増刊号に掲載される)
 
 
 
 
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