1991/06/23 毎日新聞朝刊
[特集]「自衛隊海外派遣」崩れたタブー意識=毎日新聞社世論調査
自衛隊を海外に派遣することはほんの少し前まではタブーとされてきたが、4月の掃海艇のペルシャ湾派遣によって流れは確実に変わった。「もっと自衛隊の積極的活用を」の声が強まり、政府・自民党は国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を本格的に参加させる新組織の法案づくりを急ピッチで進めている。最近の世論はこれらの動きを追認しており、政府のなし崩し的な強硬策はこの世論を背景にしている。1954年(昭和29年)の自衛隊発足以来の防衛政策転換(ターニングポイント)ともいえる新しい事態を迎え、本社世論調査から自衛隊の海外派遣に関する国民意識の推移を検証してみた。
(世論調査部)
◇賛成派が主流に 湾岸戦争で様変わり
<中曽根、小沢構想>
戦後、国民の目を自衛隊の「海外派遣」に向けさせたのは一九八三年(昭和五十八年)一月の中曽根内閣が最初であった。
中曽根首相は対ソ緊張が高まる中で日本列島の「不沈空母化」、「三海峡封鎖」、「シーレーン(航路帯)防衛」構想を打ち出し、西側世界全体の平和維持のためにはわが国も責任分担を果たすことを強調した。
このとき、PKOの強化が検討された。この直後の十一月に本社は初めて「自衛隊の海外派遣(PKO)」についての世論調査を実施した。結果は「ノー」が七割を占めた(PKOの項で後述)。
中曽根内閣当時、イラン・イラク戦争でのペルシャ湾の機雷除去に自衛隊の掃海艇を出す話も検討されたが中止された。
このあと海外派遣の問題が表面化したのはイラクがクウェートに侵攻した昨年八月から秋にかけて。小沢自民党幹事長を中心に進めた「国連平和協力法案」である。自衛隊の海外派遣を盛り込んだ同法案について、本社は同十月に電話調査で賛否を問うた。
結果は「賛成」はわずか一三%で「反対」が五三%に達した。自衛隊を海外に派遣させたいという政府のもくろみは拒否されたわけで、なかでも女性の「反対」が強く、男性の五〇%に対し女性は五六%。支持政党別では、社会、共産両党支持者の「反対」は各七割強にのぼり、自民党支持者でも「賛成」二三%に対し「反対」は三八%だった。国民の拒否反応にあって同法案は翌月廃案になった。
<湾岸戦争ショック>
ところが、湾岸戦争突入後、自衛隊の海外派遣に関する国民の意識は大きく右旋回を始める。それを端的に示すのが今年三月の避難民輸送のための自衛隊機派遣調査で、「賛成」(「どちらかといえば賛成」を含む)が四八%にまでせり上がり、「反対」(「どちらかといえば反対」を含む)は四七%で、ごくわずかだが賛成が反対を上回った。
この意識の変化は「賛成」の理由の中にはっきり表れており、「日本も国際的にできるだけ協力をすべきだ」が四四%でトップ、次いで「避難民輸送は人道的に当然」が三八%。湾岸戦争で日本は欧米諸国などから「カネは出すが人的貢献や軍事的協力はしない」と批判されたが、これに応えようと国際貢献の道を探す日本人が自衛隊機派遣にも理解を示した。
<掃海艇派遣の実績>
掃海艇の派遣は、国民の間にそれまであった自衛隊の海外派遣アレルギーを後退させた。今回六月調査で掃海艇派遣について聞いたところ「支持する」(「どちらかといえば支持する」を含む)が六一%に達し、「支持しない」(「どちらかというと支持しない」を含む)は三三%にとどまった。
四月に掃海艇が日本を出港した後での調査であるから、事実追認の傾向もあるが、湾岸戦争を経過して日本人の意識は大きく様変わりしたといえる。
また、政府は海外で起きた大規模災害の救援活動を行う「国際緊急援助隊」に自衛隊を参加させることを検討しているが、これについて聞いたところ「賛成」が五四%で「反対」は一四%に過ぎなかった。海外派遣に“追い風”が吹いている。
◇PKO◇
◇反対70%(1983)→13%(1991)へ
中曽根内閣当時の一九八三年十一月の調査では、PKOについて七〇%が反対していたが、今回六月調査では反対はたった一三%に激減、海外派遣容認派が反対派を大きく上回った。
一九八三年はイラン・イラク戦争の真っ最中であり、前年の国連総会では「国連の平和維持機能強化に関する決議」が採択された。これを受けて安倍外相は「国連の平和維持機能強化に関する研究会」(座長・斎藤鎮男元国連大使)に委託し、PKOの強化などを骨子とした提言をまとめ、九月の国連総会でデクエヤル事務総長に提出している。
調査はこの直後に実施されたが、「自衛隊を海外派兵し、国連軍に参加させることをどう思うか」の質問に「これまで通り参加させないほうがよい」という反対派が七〇%と圧倒的で、「無条件で参加させてよい」はわずか三%、「戦闘部隊でないなら参加させてもよい」が二三%で、合わせても賛成派は二六%だった。
反対派は女性七三%に対し男性六六%と女性に多く、年齢別では二十、三十代に目立ち、支持政党別では社会、共産党支持者は八割強に達した。日本人は戦争についての現実感がなく、平和に暮らしたいという考えが一般的だったといえる。
それが、湾岸戦争後の今回六月調査では一変、停戦監視や平和維持を目的としたPKOに「賛成」が四五%で、「反対」はわずか一三%に過ぎなかった。ただ反対はしないが「どちらともいえない」が三六%あり、国民のこの問題に対する揺れもうかがえる。
◇現職自衛隊員の出動もOK
もっとも焦点となっている自衛隊員の身分については「現職の自衛隊員の参加を認める」が四一%に達し、併任などにより現職の部隊の参加を認めるという政府の考えを支持。反対に野党の一部でいわれる「現職の自衛隊員を休職・出向方式にするなら認める」は一四%、「退職した元自衛官や予備自衛官なら認める」は七%しかなく、「自衛隊関係者は一切認めない」は二二%にとどまった。湾岸戦争という現実をつきつけられた日本人は意識の変化を迫られたわけで、その経過が調査結果によく表れている。(肩書は当時)
◇自衛隊容認は定着
「湾岸戦争」を挟んで国民の意識が転回しつつあるが、では、自衛隊の存在など基本的な部分について国民はどう考えているのだろうか。自衛隊の必要性について「あった方がよい」は一九六五年から八四年調査までずっと七―八割を占め、「ない方がよい」は一割を切っている(総理府調査)。社会党も今月中旬の党改革委員会で任務を限定して「容認」する方針を打ち出すなど、自衛隊を認める考えは国民各層に広範囲に定着している。
しかし、憲法九条(戦争放棄、戦力不所持)については「支持する」が八〇%(八七年本社調査)におよび、憲法の平和主義は国民に浸透している。国民の間では憲法九条と自衛隊の存在は矛盾せず受け入れられている。
◇憲法九条と矛盾せず
ここまでなら、日本特有の「防衛意識」と理解されてきたものだが、湾岸戦争で様相が変わってきた。憲法の平和主義に対し新たに国連中心主義の考えが強まり、これらをどう調和させるかの問題である。政府・自民党のPRも影響しているものの、増税で九十億ドルの追加支出をしながら欧米諸国の批判を浴びたため「目に見える貢献」をしなければという国民意識の芽生えである。
本社の今回六月調査で「湾岸戦争で日本がとった対応についてどう思うか」と聞いた質問で「平和憲法を守り人的貢献や軍事的協力をしなかったのは当然」(平和主義)が四九%に対し、「平和憲法の下でも人的貢献をもっと推し進めればよかった」(国連中心主義)は三二%という結果が出た。「平和主義」の考えが多数派を占めているが「国連中心主義」の考えがかなり接近してきていることがうかがえる。
さらに平和主義、国連中心主義を離脱した“第三の道”として、日米安保の変質による「自主防衛」強化がある、と専門家はみる。停戦後の機雷除去を行う掃海艇、避難民輸送の自衛隊機派遣など非戦闘行為には寛容な国民が、このままいけばシーレーン防衛出動さえ容認する可能性も否定できない。
◇自衛隊の必要性=総理府調査(数字は%)
調査年月 |
あった方がよい |
ない方がよい |
わからない |
1965年11月 |
81.9 |
4.9 |
13.3 |
75年10月 |
79.6 |
7.8 |
12.6 |
84年11月 |
82.6 |
7.5 |
9.9 |
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