日本財団 図書館


1990/09/01 毎日新聞朝刊
[試される国際国家・中東危機と日本]/2 冷戦後の役割
◇米親日派に失望感
 「われわれはチアリーダー役を務めてきた。日本がバッターボックスに立てば必ずホームランを打つ。その豪打ぶりを見るがよい、と吹聴してきた。ところが、実際にはダッグアウトから出てくることすらしなかった」
 米国のアマコスト駐日大使は二十九日発表された日本の中東貢献策について、そう漏らした。大使をはじめ、米国政府、とりわけ“日本派”と呼ばれる人々は、日本の貢献策にそれほど深い失望感を味わったのだ、と米政府のある高官は記者に大使の私的なコメントをあえて披露した。
 日本に期待された貢献は何だったか。その最大限の形を問うなら、海上自衛隊が何らかの形で多国籍軍に参加できたはず、という米国の考え方が返ってきただろう。実際には、米国はその代案として民間航空機と船舶による協力を求めた。しかし日本の対応規模は最低限にとどまった。そして決定まで、しびれの切れるような時間がすぎた。海上自衛隊の参加は現行憲法の枠内でも可能だったと今でも考えている、と同高官は主張する。
 こうした日本批判の声は公式には米国政府からは聞こえてこない。十億ドルの資金援助のニュースを受けた三十日の記者会見で「日本の場合、カネだけでは十分ではないのでは」と突っ込まれたブッシュ大統領は「私は日本の制約を十分に承知している。憲法の規定以上のことを彼(海部首相)に求めてはいない」と答え、むしろ資金援助を「自発的」かつ「大変によいこと」と評価した。
 が、これはあくまでも米国の“建前”である。本音はむしろ先の高官や大使のコメントにあるだろう。歯に衣(きぬ)着せぬ発言で知られる米CNNテレビの保守派の解説者、パット・ブキャナン氏は「日本の石油を守るために米国人はやがて“ボディー・バッグ”(死体運搬用の袋)に入って帰ってくる」と毒づいたほどだ。
 日本の中東貢献策六項目と十億ドルの資金援助は日本政府としては「苦渋の決断」であり、「最大限の努力」だったはずだ。米国政府はこれをそれなりに評価してはいるが、米国ないし国際社会の日本への期待がそれ以上だったのは疑問の余地がない。これによって「新“超大国”日本は一体何をしているのか」(米ニューズウィーク誌)という大方の市民感情が氷解したとはとても思えない。
 問題を突き詰めれば、東欧とソ連での劇的な変化によってもたらされた第二次大戦後の冷戦時代の終えんに伴うポスト冷戦期の日本の役割に対する日本と世界、とりわけ米国との認識の違いに行きつく。今回の中東危機はポスト冷戦期のいってみれば初の国際紛争であり、その中で「超大国日本」の役割が問われた初のケースでもあったのだ。政策の立案過程で果たして日本側にそうした視点がどの程度生かされたのか。
 米国がいち早く軍事行動を起こした狙いはイラク軍のクウェートからの撤退、クウェート合法政権の回復、サウジアラビアと湾岸アラブ諸国の防衛、米市民の保護――の四点にある。また行動を起こさなければならなかった理由をブッシュ大統領は三十日の会見で(1)米国の友好、同盟諸国へのコミットメント(2)ポスト戦後世界の形成(3)エネルギー資源の確保――が問われていた、と説明した。
 米軍事作戦「砂漠の盾」の実戦上の最高責任者、コリン・パウエル米統合参謀本部議長はもっと直截的だ。「(世界で)問題が起きた時、また警官を必要とした時、一体だれが呼び出され、平和を回復するのか。われわれだ」。米国は依然として「世界の警察官」であり、米ソが対立から協調関係へと転じた「新しい時代」でもこの米国の指導的役割には変わりがない、と同議長は同じ日、米在郷軍人会の年次大会で演説した。
 今回の中東危機と一九四八年のパレスチナ戦争(第一次中東戦争)以来の数次にわたる中東、ペルシャ湾危機との決定的な違いを最も鮮明に示したのは二十五日未明の国連安保理だった。米国が提出したイラクに対する経済封鎖強化のための「最小武力」行使決議案がソ連、中国の賛成を得て十三対〇で可決されたからだ。問題を問わず中東を彩ってきた米ソ対立の構図が消えた一瞬だった。
 米政府の“日本派”官僚たちの失望感は、日本がより大きな影響力を行使すると見られたポスト冷戦期の初の国際紛争で、期待とは裏腹に、相も変わらず、同じ対応ぶりに終始したことへのいら立ちの表れにほかならない。米国が日本の憲法問題に立ち入るのは明らかに行き過ぎだが、日本が、新しい時代の中での自らの位置づけと世界への貢献策を明確に提示し得なかった事実は冷静に受け止める必要があろう。
 二日発行予定の米国の国際問題専門誌「フォーリン・ポリシー」(秋季号)に海部首相は「日本のビジョン」と題する論文を寄せ「アジア諸国、ならびに先進民主主義諸国の一員として、日本は新しい国際秩序の構築プロセスに誠意をもって参加する決意だ」と力説している。米国は日本に何よりもその「ビジョン」の中身を問うている。
(ワシントン支局・佐藤陸雄)
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION