日本財団 図書館


1990/06/13 毎日新聞朝刊
[安保30年目の変質]/2 対日認識変えるソ連
◇米の影響力に期待
 「アジア太平洋地域での対話を進めるため私は日本訪問を準備している。そしてこの地域でも私たちは米国と協力していかねばならぬということを是非、強調したい」
 今月三日、ホワイトハウスでの米ソ首脳共同記者会見でゴルバチョフ・ソ連大統領は晴れやかな表情で語った。「欧州の次はアジアでも米ソ協力」という強い決意。かたわらのブッシュ米大統領が満足げに大きくうなずいたのが印象的だった。
 だがアジア太平洋の安全保障の枠組みも米ソ主導でという発想の素地は、すでに今年二月、表面化していた。
 「北方領土問題について米国は日本政府の立場を支持している。この問題は単に日ソ二国間の問題でなく米ソ関係にも重大な影響を及ぼすものだ。米国としても問題解決に向け協力する用意がある」
 二月八日、モスクワのソ連外務省で行われた米ソ外相会談の席上、ベーカー米国務長官は北方領土問題について言及したが、シェワルナゼ・ソ連外相の反応は紋切り型とは違い、米側には意外なものだった。
 「この問題は基本的には日ソ両国間の問題である。しかしお互いに誤解が生じないようソ連側の意向も日本によく伝えてほしい」
 米国にとって重要なシグナルはソ連が米国を仲介者として北方領土問題の前進を図るという意向を示した点だった。
 三十年前、日米安保改定の際、ソ連は「米国の世界軍事戦略に組み入れられるもの」と日本政府を激しく非難した。その一方で安保反対運動を「米帝国主義に対する民族解放闘争」として連日、熱い支援を送った。
 しかし今日、ソ連科学アカデミー東洋研究所のサルキーソフ博士(日本研究センター所長)は「ソ連国民は巨大な経済力を有する日本がどこへ行こうとしているのか、不安を抱いている。日米安保は日本が軍事大国になるのを防ぐだろうし、ソ連はその存在を現実として認め、関係改善が進められると思う」と語る。約二十年前、中国政府が示した日米安保認識(日米安保があるから日本の軍事大国化が防げる)にソ連も近づきつつあるのだ。こうしたソ連の安保認識の変化は米国にとっても極めて好ましい。
 「おみやげは何か」――。ゴルバチョフ大統領の九一年の日本訪問がシェワルナゼ外相から中山外相に伝えられた昨年九月、米国務省とホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のアジア政策スタッフは色めき立った。
 仮にゴルバチョフ大統領が北方領土問題で思い切った譲歩を示した時、日本政府は、世論は、どう反応するか。日米経済摩擦の反動として兆している民族主義的な対米自立の感情と、ソ連の対日平和攻勢が結びついた時、何が起こるか。それでなくとも八六年七月のウラジオストク演説、八八年九月のクラスノヤルスク演説で、常に米国の先手をとってアジア太平洋の軍縮政策を打ち出してきたゴルバチョフ大統領と日本が米国の頭越しに一気に全面的な関係改善に動いたら――。
 「それは悪夢だった。当時のゴルバチョフの最大の武器はサプライズ(不意打ち)だったから、その免疫性のない日本に例えば無条件四島返還を申し出て日本の対ソ世論が一変するというシナリオの可能性を研究したのは事実だ。日本は今や大国だから、日本が、どういう政治スタンスをとるかで世界の政治、経済地図は塗り替わってしまう」と政府当局者の一人は当時の米政府部内の論議を明かす。
 東欧の激変、ソ連国内の経済、民族問題の同時多発によってゴルバチョフ大統領の政治的安定度に疑問が生じた今日、米国の「悪夢」が現実のものとなる可能性は遠のいた。むしろペレストロイカ(立て直し)政策を継続させるため西側先進国の全面的協力が不可欠。ゴルバチョフ大統領自身もそのことを素直に認めている。
 ワシントンでの米ソ首脳会談は米ソの全面的協力を宣言する一方で今や「米ソだけ」では世界の多くの問題が片づかなくなった事実をも認め合う場だった。経済再建のため迫られている軍事費削減はヨーロッパだけでなくアジア太平洋でも同時に進められて初めて可能であり成果もあがる。
 そのためソ連は日米安保条約、米韓安保条約で固く結ばれた同盟国、米国の影響力に頼るという、う回的アプローチを模索し始めたようだ。その第一歩はサンフランシスコを舞台に借りた韓ソ首脳会談だった。このアプローチが日本に対しどのような形をとってくるか、注視する必要がある。
(モスクワ 河野健一、ワシントン 河内孝)=つづく
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION