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2000/07/17 産経新聞朝刊
教育対論 教育改革国民会議委員 埼玉県川越市立城南中教諭 河上亮一氏
 
 −−公立中学の現状はどうなっていますか
 「今の世の中は、中学生でもお金を持っていけば一人前に扱っている。だから彼らは学ばなければならない未熟な存在だとは思っていない。社会的に自立する力をほとんど身に付けないまま中学を卒業していることが最大の問題だ。新潟の少女監禁事件や名古屋の中学生五千万円恐喝事件のニュースを聞いても私たちは驚かない。他人のことがよく分からず、自分の欲望を第一に満たそうとするのは、むしろ典型で、うちの学校の生徒も同質だ。欲望を抑えるような教育を社会がしていないからで、あの子たちも犠牲者だ」
 
 −−臨時教育審議会以降のゆとり教育も一因か
 「文部省の個性・自由化路線は明らかに“成功”した。自分を抑えなくてもいいと小学一年から教育し、学級崩壊に至った。だから、文部省が学級崩壊にオタオタするのはおかしい。『これは成果だ。古い学校が壊れるプロセスだから、もう少し我慢してほしい。もうすぐ自由で個性的な学校になる』と居直ればいい」
 
 −−文相の諮問機関・中央教育審議会のある委員は『ゆとり教育は正しいが、しつけの緩みは予定外』と言っている
 「それはおかしい。文部省の現場への一貫した指導は『嫌なものは押し付けるな』だった。小学校はこの十年間で個性・自由化に大きく動き、中学生に『先生の言うことなんか聞かない』と言われたら教師は何もできなくなった。人権・平等・個人の自由といった価値観を学校内に全面的に持ち込んだことが間違いだ。中学三年生はひいき目に見ても、三十年前の小学校の三、四年生。きつく言えば幼稚園児だ。ゆとり教育は失敗だ。文部省は現場が見えていない」
 
 −−処方せんは
 「一人前の国民を形成するという義務教育本来の役割を確認しないといけない。学校全体が成り立たない。複線的な教育を提案したい。完全に教師の言うことを聞かない子供をどうするか。すべての子供を一つの学校に収容するのは不可能で、別の学校を作る必要がある。そのとき、校長の(転校への)強制力が必要だ。五十年先、百年先の話ではない。緊急にこれをやらないと、学校全体がつぶれてしまう。まさか文部省が義務教育での、一人前の国民の形成が必要ないとは言わないだろうが…」
 
 −−重視してこなかったとも言える
 「だったら義務教育をなくすべきだ。現場には、大多数の教師は生徒を一人前の大人にしないといけないという使命感と苦しみがある。それがなくなったら、教師のプライドも志もなくなる。単なる個性教育なら民間の学校だけでいい。それが一番すっきりする。実際、ともかく規制緩和して(学校や教育方針を)消費者(父母や生徒)の自由な選択に任せればいいという楽観的な考え方がある。市場原理をそのまま教育に適用している。教育改革国民会議が現場の悲鳴をどうつなぎ合わせていくかだ」
◇河上亮一(かわかみりょういち)
1943年生まれ。
東京大学経済学部卒業。
埼玉県川越市立高階中学校教諭、同城南中学校教諭、同初雁中学校教諭、2004年退職。教育改革国民会議委員を歴任。


 
 
 
 
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