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2001/09/17 産経新聞朝刊
【第二部 学力低下は誰のせい】いま学校は(3)新学力観への誤解
 
◆基礎より子供の興味重視
 「立派」という漢字が書けない(40・4%)、種子の発芽に必要なものに「水」を選択できない(32・2%)、鹿児島県の月別消費電力量の図表をみて、最小電力量月に対する最大電力量月の割合が計算できない(41・5%)、立法・司法以外の三権として「行政」を解答できない(27・5%)…。
 こうした記載が、《基礎学力をめぐる現状と課題》と題した鹿児島県教委の報告書の中にある。平成十二年度県立高校入試(受験生一万七千九百八十三人)のデータである。
 列挙されたのはいずれも小学校の学習内容に基づいた問題だ。そうした小学生レベルの学力で解ける問題の得点合計を「目安点」としているが、それ以下の受験生は、数学7・1%▽理科4・7%▽社会3・7%▽国語2・3%。いずれかの教科で目安点以下だった生徒は12・5%、二千二百五十二人に達した。
 基礎学力について、報告書は「低下しているとは断定できないものの、さまざまな懸念すべき兆候があらわれ、揺らぎが生じている」として、さらにデータを挙げている。
 「高校の九割は最近十年間で生徒の基礎学力が低下していると認識しており、小・中学校レベルの復習に多くの時間を費やしている」「授業を理解している(よく分かる・だいたい分かる)のは小学三年生で77%、中学二年生で49%」
 
 鹿児島県教委が報告書をまとめたのは、あるきっかけからだった。八年度の県立高校入試の数学で、小学三年生レベルの「1000−198」という問題の誤答率が7・9%にのぼったのだ。学校関係者や保護者、企業などからも基礎学力の低下を懸念する声が上がり始めていた。
 「ほぼ全員が高校に入れる定員が確保されたために、『しっかり勉強しなければ高校に行けない』という厳しさは薄れていたんでしょうが、生徒は入試に備えて勉強したはず。その結果だけにショックでした」と学校教育課の中村洋志係長。
 危機感にかられた県教委は、さまざまな授業を見学したうえで、基礎学力が揺らいだ背景をこう分析した。
 「『新しい学力観』から生じた『知識を教え込むことは好ましくない』『子供への働きかけは指導ではなく支援でなければならない』といった誤解が少なからずみられる」
 新学力観は、自ら学ぶ意欲・関心や思考力、判断力、表現力などを学力の基本とする考え方だ。「5×6」を教えるため、五個のビー玉を六セットそろえて数えさせる。子供たちは喜び、体験型学習で意欲・関心を引き出したとなるが、そればかりに終始してしまう。さらに、「教え込みになるから」との理由で反復学習をさせないために、計算力が身につかない。子供たちに意見や考えを発表させても「多様な意見が出た」と評価するだけ。理解が間違っていても「指導は子供の自立を妨げるから」と正さない。
 
 基礎学力向上のため、鹿児島県教委は対策を取りはじめた。民間の学力検査やドリルで基礎学力の定着度をきめ細かく客観的に把握する▽チームティーチングや習熟度学習、補充授業を充実させる▽保護者に現状や指導方法を説明し、家庭学習の習慣付けを働きかける−などだ。
 さらに「基礎・基本をきちんと押さえながら、子供の学ぶ意欲を引き出していくことが大切で、一方に偏るのはおかしいという指導を徹底した」(中村係長)。いまでは「学習指導案」を「支援案」と呼ぶ教員はいなくなった、という。
 他府県はどうだろうか。大阪府教委に聞くと、こんな答えだった。
 「新学力観のもと、基礎・基本よりも子供の興味・関心を重視する傾向は確かにある。しかし、いまのところ対策は取っていない」(教育問題取材班)


 
 
 
 
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