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2000/09/12 産経新聞夕刊
【日刊じゅく〜る】1155号 「教育基本法」のなぜ? 改正論議のポイント
 
 近ごろ「教育基本法の改正」という言葉をよく耳にしませんか? 目立つ未成年者の凶悪犯罪や学校の荒廃などを見て、「教育がなっていないからだ」と心配する大人たちの声を背景に、政府が中心となって今、改正論議が進められているのです。森喜朗首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」は今月下旬にまとめる中間報告に改正の検討開始を求める予定です。しかし教育基本法の内容やなぜ改正が話し合われているのかについては、知らない人がほとんどではないでしょうか。そこで「じゅく〜る」では、教育基本法の内容と論点を紹介することにしました。(小川記代子)
 
◆戦後教育の基本に
 教育基本法は戦後まもなくの昭和22年3月に施行されました。全部で11カ条と短い法律ですが、教育に関する基本理念が書かれた法律として「教育の憲法」とも呼ばれます。
 読んだことのない人が多いでしょうし短い法律ですから、教育基本法全文を左に掲載しました。法には教育の目的や方針、義務教育、社会教育、機会均等、男女共学などが定められています。前文に「日本国憲法の精神に則(のっと)り」とあるように、戦後制定された新憲法を基礎としています。
 戦前、公教育の基本は明治23年に発布された教育勅語でした。「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」と続く教育勅語は、親孝行や公共への奉仕といった伝統的な道徳などをうたっていました。
 戦後、憲法改正の動きのなかで新しい教育の基本を作る機運が高まり、田中耕太郎文部大臣のもとで教育基本法が策定されました。教育勅語は昭和23年に廃止され、教育基本法がまさに“教育の基本”となってきたのです。
 
◆教育改革の名の下に
 施行から半世紀以上たつ法律が、なぜ今論議されているのでしょうか。
 教育基本法の改正は、実は最近初めて問題になったのではありません。成立直後から「国家意識が欠如している」などの理由で改正論議が起こっているのです。中曽根康弘元首相は在任中の昭和59年に臨時教育審議会で教育基本法の改正に取り組もうとしましたが、各方面からの反発があり、見送られました。
 しかし近年、凶悪な少年犯罪が目立つほか、いじめや学級崩壊など、子供を取り巻く周囲の問題が深刻化しています。
 その原因を、個人の権利を大切にし過ぎるあまり、国を愛する心や道徳心、家族を大事にしたり、他人を思いやったりするといった心のなさなど、徳育、公共的価値を大切にする考え方の欠如に求める声が大きいのです。つまり、戦後の教育のマイナス面が指摘され、教育改革の必要性が叫ばれているのです。
 故小渕恵三前首相は教育基本法の見直しに前向きで、今年3月には首相直属の私的諮問機関「教育改革国民会議」を発足させました。故小渕氏の後を引き継いだ森首相も改正に積極的で「教育勅語の中に悪いところもあったし、いいところもあった。いいところは採用すべきではないか」とまで述べました。また、7月の特別国会での所信表明演説でも「(教育基本法は)抜本的に見直す必要がある」と明言しました。
 
◆社会状況変わり・・・
 改正賛成派が教育基本法の問題点として挙げているのは、前述したように個人の尊重をうたい過ぎ、「公」に対して何をすべきという倫理を打ち出していないという点です。家族や国家、伝統などの視点が欠けているため、道徳心や愛国心が育たないというのです。
 また戦後半世紀以上がたち、IT(情報技術)の進歩や少子高齢社会など、施行当時と社会状況が変わったことも改正理由に挙げられています。
 一方、「教育基本法の改正より具体的な教育改革が必要」「まず教育基本法自体に問題があるのかどうか議論すべき」「この法律のどこが問題なのか」といった、いま改正を持ち出すことを疑問視する意見もあります。「教育の憲法」といわれるだけに、改正には国民レベルの議論が必要とする慎重・反対論も根強いのです。
 
◆教育改革国民会議で
 「教育改革国民会議」は今年3月の初会合後、教育基本法改正を含む教育改革について、3つの分科会にわかれて話し合ってきました。7月26日に公表された第1分科会報告では、教育基本法について「改正が必要という意見が大勢を占めた」と記されました。
 全体会議でも改正すべきとの認識で一致し、今月22日に森首相に提出する予定の中間報告に改正の検討を始めるように求める意見が盛り込まれることになりそうです。
 
 改正論議が盛んになっている教育基本法ですが、実際に子供たちに接する現場の校長たちは、どう思っているのでしょうか。明日から4回にわたって、首都圏の私立中、公私立高校の校長のさまざまな意見を紹介します。
 
◆教育基本法(原文のまま)
 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
 第一条(教育の目的)教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
 第二条(教育の方針)教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
 第三条(教育の機会均等)(1) すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。(2) 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。
 第四条(義務教育)(1) 国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。(2) 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。
 第五条(男女共学)男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。
 第六条(学校教育)(1) 法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。(2) 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。
 第七条(社会教育)(1) 家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。(2) 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。


 
 
 
 
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