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1999/05/27 産経新聞朝刊
【主張】学力低下 国の将来ゆるがす教育危機 行き過ぎた「個性重視」改めよ
 
 大学生の学力低下が懸念されている。入試の多様化や個性重視の理念をはき違えた「軽量入試」や推薦枠拡大の結果である。小中高校での行き過ぎた「ゆとり教育」にも問題がある。文部省をはじめ教育関係者は、日本の教育全体が規律やモラル面だけでなく、学力においても揺らぎ始めたことに気づくべきだ。
 駿台教育研究所などがこの一月、全国の大学を対象に行った調査によると、七割の大学で新入生の学力低下が問題となり、三割の大学が高校の補習授業を実施しているという。大学入試センターの国立大学部長を対象にした調査でも、八割近くが新入生の学力低下を問題とし、理工系学部の半数近くが補習授業を実施している。
 その最大の原因は、大学が入試科目を減らしたり、推薦入学枠を増やしたりして、入試のハードルを低くし過ぎたことにある。本来、軽量入試や推薦入試は、過熱化した受験競争を緩和し、個性や特技を重視しようという狙いだった。しかし、それには、面接や小論文などきめ細かい選抜が伴わなければならない。一部には、米国の自己推薦方式などを取り入れ成果を上げている大学もあるが、大半は安易な方向に流れている。
 
◆独創性は基礎学力の上に
 十八歳人口が減り始め、日本の大学が「冬の時代」に入ったこともある。受験料を稼ぐためとしか思えない軽量入試や、定員を確保するための推薦入試が目立つようになった。
 大学が自ら、まいた種ともいえる。やはり、学部教育に必要な基礎科目は入試に課しておくべきだ。大学は高校の補習授業をやるところではない。医学部なら生物、理工学部は学科によって物理か化学は必須科目である。「偏差値より個性値」といわれるが、基礎学力を備えたうえでの個性や独創性でなければ開花はしない。
 小中高校における「ゆとり教育」も安易な方向に流れがちだ。これも、かつての詰め込み教育の反省から生まれた。昭和三十年代から四十年代にかけて、授業で覚える知識量がふくらみ、高校や大学入試でも重箱の隅をつつくような難問・奇問が目立った。こうした暗記中心の受験教育を改め、児童・生徒に自ら考えさせる「ゆとり」を与えようというねらいだった。
 その考え方自体は正しい。だが、子供たちに考えさせる授業は、ただ暗記させる授業よりはるかに難しい。理科なら、化学方程式や物理の公式を教室で教えるだけでなく、実験や自然観察などを通じて興味を持たせるような授業をしなければならない。現実は、多くの学校で「理科離れ」という現象を生み、子供たちは科学にますます、興味や関心を持たなくなってきている。先生の力量が足りないからだ。
 文部省や各種教育関係の審議会の委員たちも反省する必要がある。「個性の重視」をうたった臨時教育審議会(臨教審)答申以来、「自ら学ぶ意欲」「社会の変化に対応する能力」「生きる力」の育成といったキャッチフレーズを次々と打ち出したが、具体的な内容を伴わなかった。抽象的な掛け声だけが学校現場をかけめぐり、こだましていた感が強い。
 学習指導要領では、昭和五十二年の改訂で教科内容を三割減らし、今回の改訂でさらに三割減らした。全体で半減したことになる。これには「ゆとり」の実現以外に、児童・生徒の負担を軽くすれば学校現場の「荒れ」がなくなるのではないか−という期待もあった。だが、授業がやさしくなれば、学級崩壊やいじめ、校内暴力などが減る−という考え方は幻想に近い。
 
◆日本を知らない大学生
 指導要領改訂のたびに、必修科目が減っていくのも心配だ。現在、高校で世界史は必修だが、日本史は必修からはずれた。日本の歴史や文化を知らない高校・大学生が増えている。こんなことで国際理解が深まるわけがない。
 米国では、一九六〇年代から七〇年代にかけて、教育の多様化が過度に強調され、子供の権利を極端に重視する考え方が強まった結果、学力の低下とモラルの荒廃が深刻な問題になったといわれる。
 レーガン政権は八三年、「危機に立つ国家」という報告書で、米国の教育が直面する危機的状況を訴え、抜本的な教育改革に乗り出した。その政策はブッシュ政権下の「教育サミット」、クリントン政権下の「二〇〇〇年の目標・アメリカ教育法」として受け継がれている。英国でも、サッチャー政権以来、学力の向上を目指したさまざまな教育改革が行われている。
 学力は十数年、数十年後の国力につながる。今、日本では、大学や研究機関の競争的環境や産業競争力の強化の必要性が叫ばれているが、その原動力となるのは児童・生徒・大学生の学力、とりわけ基礎学力である。教育の危機は同時に、将来の国家の危機なのである。


 
 
 
 
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