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1998/08/29 産経新聞朝刊
【教育再興】(89)平和教育(7)語り部 「被爆」のありのままを
 
 「国際平和文化都市」のキャッチフレーズをもつ広島市には毎年、全国から多くの修学旅行生が訪れる。広島での平和学習の原点は「被爆」。同市中区の平和記念公園で原爆資料館や原爆ドーム、慰霊碑を見学して被爆者の証言を聞くコースを設定する学校が多い。
 証言活動をしている被爆者は「語り部」と呼ばれる。「熱線と爆風で多くの人々が亡くなり、大けがをしました」。壊滅した街や犠牲になった家族や親せき、友人のこと、自ら負った傷のこと、そして平和の尊さについて、語り部は子供たちに訴える。児童・生徒は熱心に耳を傾ける。
 「ヒロシマを語る会」。ここには十八人が所属している。原広司代表(六七)は引率の教師が、語り部の話す内容に一方的に寄せる“期待”に、ときどき疑問を感じることがあるという。
 「修学旅行生に被爆の証言をしたメンバーの一人は引率教師から『期待外れ。残念』といわれた」と原さんは言う。その語り部が日本軍の加害に触れなかったための不満の声だった。
 「被爆体験だけでなく、中国大陸や朝鮮半島での加害についても語ってください」と教師から要請を受けたメンバーもいる。「その人は『被爆者は加害者ではない』と断った。以後、その中学校から、語る会に証言の依頼はなくなった」と原さん。「戦地に行った元兵士で、従軍慰安婦など加害について話してくれる人を紹介してほしい」という要請まで舞い込んだことがある。
 「なぜ、私たち被爆者が加害を語る必要があるのか。一部の教師たちは加害を強調しすぎているのではないか」と、原さんは首をかしげている。
 
 語り部は約二十団体、約三百人いるといわれるが、実態は広島市も把握していない。中には、日本の加害を子供たちに教えようとする姿勢に理解を示す語り部もいる。
 原さんの「語る会」にも、以前は日本の戦争責任を強調していたメンバーがいた。原さんは「小学生に『日本はそんなに悪い国だったのか』との思いが植え付けられてはいけないので、被爆の話に絞るように」と、その人に要請した経験があるという。
 十五年前から語り部活動を続けている沼田鈴子さん(七五)は韓国、アメリカなど海外にも出ていき、被爆と平和について語り続けている。
 原爆で左足を失った沼田さんの活動記録「青桐の下で」は今年、英語に翻訳・出版された。沼田さんは子供たちに加害を教えることに理解を示す。
 「アジアの国では、被爆のことだけを話しても共感は得られない。原爆をもたらした戦争がどれだけ人間を狂わせ、愚かなことであるかを学ぶ必要がある」
 元高校教師の沼田さんは毎年、若い教師を連れて沖縄や韓国を訪問し、戦争体験者から話を聞いている。中国から帰還した旧日本兵の話にも耳を傾ける。「教師仲間で定期的に集会を開き、加害の内容について勉強を続けている」という。
 「語り部活動はあくまで自らの体験が原点にある。自らの生き方を語ることが大事。国内での語り部活動で、日本の戦争責任について話すことはない。ただ『過去の戦争の歴史の中で、どのようなことがあったのか、学校で学んでほしい』とは言います」
 
 広島市内にある県立高校の校長はこう証言した。
 「語り部活動は原水禁や原水協の平和運動の流れで始まった。すべてを否定するわけではないが活動に運動論や政治論が入り込んでいるのは事実です」
 この高校でも平和学習を行っているが、政治色の濃い語り部とは一線を画し、学校OBの被爆者から体験を聞いている。
 広島市の外郭団体「広島平和文化センター」は、各地から修学旅行で広島を訪れる学校に、語り部団体を紹介している。
 「個別の語り部の証言内容については把握していない」という田中良典主事。「旅行業者が直接、語り部のグループに証言を要請しているケースも多いようだ。被爆体験を語るのが当然であり、偏りのない話をしてほしい」と話す。
 さらに、語り部の最高齢者、高野鼎(かなえ)さん(九四)はこう訴える。
 「語り部は体験したことをありのままに話すべきです。核兵器のもつ残虐性、非人道性を訴えることが大事で、子供に意見、主張を押しつけてはいけない。押しつけられた意見ではなく、戦争や核兵器について子供が自分で考え、立ち上がってほしい」
 
■広島市を訪れる修学旅行生
 昭和63年に修学旅行で原爆資料館を訪れた小・中・高校生は56万7010人だった。その後、少子化現象の影響もあり毎年減少し、被爆50周年の平成7年は41万8633人。9年は38万8736人にまで減った。一方、修学旅行で語り部の被爆体験談を聞いた児童・生徒の数は逆に増加している。5年度は6万6301人だったのが、7年度に10万人を突破、9年度には11万5968人に増えた。
 
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