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1998/08/28 産経新聞朝刊
【教育再興】(88)平和教育(6)広島の副読本 目立つ“加害”面の強調
 
 「日本がどんなにひどいことをしたのかを知りました」「日本も、朝鮮の人にうらまれることをしたので(原爆も)しようがないと思う」「南京でたくさんの人を殺したり、真珠湾をふいうちしたり、戦争のとき日本軍がした悪いことを勉強した」
 これらは、広島市安佐南区の小学校が作製したインターネットのホームページに掲載されている、昨年の平和学習を終えた六年生児童の感想だ。
 被爆地・広島では、毎年八月六日の「原爆の日」を中心に、各公立学校で「平和教育」「平和学習」が行われている。
 一発の原子爆弾で十四万人とも言われる市民が直爆死した広島。原爆の非人道性への「怒り」を原点としている広島。その原爆を「やむを得ない」と考える子供たちが増えている。
 同地区の校長は「ホームページは、コンピューターに詳しい教員が作製した。全校児童を集めて行う平和学習では、(日本の)加害を強調することはない」としながらも、「学級で個別に行っている平和学習についてすべてを把握しているわけではない。その中で自虐的な教育をすれば、子供はすぐに染まってしまうだろう」と話す。
 「平和教育」という教科はない。このため、授業に利用されるのが副教材や副読本だ。
 行政機関として平和教育を進める立場の広島市教委の中村道徳・学校教育部長は「原爆体験を原点に『命の大切さ』『恒久平和実現』の二つを基本理念にしている」と話すが、副読本の内容を眺めていくと、冒頭の子供たちの考えがどこから芽生えてきたか、見えてくる。
 
 広島市東区にある「広島平和教育研究所」が作った平和教育用の副読本「ひろしま−今日の核時代を生きる−」。この中には、大戦後に中国の捕虜となり、撫順(ぶじゅん)の戦犯管理所に収容された「中国帰還者連絡会」のメンバーの証言が掲載されている。
 「あるとき人民軍が集結しているという情報が入り、わたしたちの大部隊に出動命令が出されました。(中略)その住民たちをぜんぶひっとらえて、関係ないと思われる人もふくめて何百人も虐殺したのです。それはまさに生地獄でしたが、人間を殺すことにならされてしまったわたしたちには、もう罪の意識はなくなっていました」
 同じページには、「民族の防衛にたちあがった中国人に手をやいた日本軍は、焼きつくし、うばいつくし、殺しつくすという作戦を行った。中国人はこれを『三光作戦』と呼んだ」との記述もある。
 毎年七月に集中的に平和教育を実施している広島市中心部の市立中学校では今年、平和教育研究所が発行したもう一つの副読本「ひろしま−15年戦争と広島−」を用い授業時間五時間をかけて、二年生に「日本の侵略戦争の原因や教育の役割」「日本軍が大陸で行ったこと、残留日本人の問題」などを教えた。
 この副読本にも、毛沢東の講演をまとめた「持久戦論」など政治・経済・社会思想に関する書物を読み、中国当局から教育を受けて“鬼”から人間に生まれ変わった様子をつづった元日本兵の自伝が掲載されている。
 副読本は学校が購入し、必要に応じて生徒にコピーを配った。校長は「広島は以前から“被害”の意識があったが、戦争には“加害”もある。日本を美化するだけでなく、生徒には平和や戦争に関心をもってほしい」と話す。
 その一方で、「広島平和教育研究所の教材は政治色が強く出ている。これで学べば子供の中に『原爆投下もやむなし』との考えが生じてしまうだろう。良識のある学校では、あまり使っていない」という広島市西区の県立高校長もいる。
 
 平成八年、広島平和教育研究所が県内六十八校の小中学校四千六百九十七人を対象に実施したアンケートによると、原爆投下を「人道上許せない」と答えたのは前回に比べて一四%減少し、五五%にとどまった。「被爆者の苦しみについてどう考えるか」との問いには、「実感にならない」という回答が前回より大幅に増えて一八%もあった。
 同研究所はこの結果を「大きな問題があらわれた」としたうえで、「平和教育の中身が問われている」とコメントした。
 広島市教委は現在、各校で使われている副読本・副教材の調査を行っており、二学期が始まる九月には結果が明らかになる。
 中村学校教育部長は「教材はあくまでも、偏りのない記述でなければならない。平和教育の原点は被爆体験をどう継承し、世界に発信していくかであり、加害面だけを強調するのは本当の平和教育ではない」と話している。
 
■広島県の平和教育
 広島県で平和教育が盛んに行われるようになったのは、昭和40年代前半にさかのぼる。43年に広島県教職員組合(広教組)が県教育研究集会に「平和教育」の分科会を新設。翌44年には、被爆経験をもつ教師による「広島県原爆被爆教職員の会」が結成された。広島平和教育研究所は47年に設立。研究成果を年報としてまとめているほか、多くの平和教材や出版物を編集・発行している。
 
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