1998/08/30 産経新聞朝刊
【教育再興】(90)平和教育(8)沖縄への旅 公正中立な立場とは・・・
今年四月、大阪府松原市の市立第六中学校でのできごと。
同中では昨年秋、当時の一年生の生徒と保護者に、三年生時の修学旅行の行き先について「九州方面で」という方向で、アンケート調査を行った。その結果、生徒、保護者とも七割が沖縄を希望。行き先はその通り沖縄県に決定した。
この計画を知った市教委は「政治的に論議の分かれる問題を、きちんと中立を守って指導しきれるのか」。こう学校側をただしたことから騒ぎが始まった。
保護者やマスコミから「沖縄に行って何がいけないのか」「基地を見せることのどこが悪いのか」と声があがり、沖縄県も職員を市教委などに派遣し、説明を求めた。「生徒や学校の自主性に横やりを入れる教育委員会」。そんなイメージさえでき上がったのだ。
「沖縄に基地がある事実を知ることに問題があると言っているわけではない。ただ、指導する教師が一方的な立場を押しつけることのないように、との懸念を指摘したつもりだったが、うまく伝わらなかったところがあったようだ」
山道嘉一郎・松原市教育長は、こう「スレ違い」を指摘する。
この問題は教育界内部にも、さまざまな波紋を呼んだ。黒川芳朝・大阪府教育長は「一般論」と前置きしながら、「教育委員会が介入すべき問題ではないのでは」。松原六中の森秀樹校長も「特定の政治思想が原因ということではない。当初からむしろマリンスポーツを体験することに重点を置いていた」と強調する。
議論は、学校、行政、保護者を巻き込みながら、広がっていった。
「沖縄」をめぐっては岡山県倉敷市でも、同じような問題が起きていた。「平和の翼」と名付けられた事業がそれだ。
倉敷市では、戦後五十周年にあたる平成七年に、小中学生二百十五人が広島で語り部に話を聞くなどする「平和大使派遣」事業を実施。八年からは、同様の事業を「平和のバス」として継続させた。
これらの事業は「参加者には好評だった」(同市総務課)が、今年度から当初予算案に新しく「平和の翼」と名付けられた事業が盛り込まれたことから、市にとっては予想外の展開が起きた。小中学生の希望者五十人を対象に沖縄の地上戦跡地などを巡るこの事業は、市議会で「米軍の基地移転問題が解決していない時期に行くのはどうか」との論議を呼び、一時的に凍結されてしまったのだ。
「できることからやっていきたい」。平和事業への姿勢について、こう答弁を繰り返す市に対し、総務委員の一人として平和の翼事業に反対した安田忠弘・同市会議長は次のように指摘した。
「市の姿勢は、なし崩し的で平和行政をどう進めるかという全体像が見えてこない。何で戦争が起こっているのかということをきちんと教えないで、沖縄戦などの悲惨さだけを伝えるのは教育として不十分。部分的な話では誤解を招く恐れもある」
凍結後、市は委員の意見を反映させ、総合計画のなかで平和事業に対する方針を示すことを決める。委員会は四月に入ってやっと凍結解除を行った。七月下旬、予定通り行われた平和の翼事業について、浅野伸夫・総務部長は「目で見て戦争の恐ろしさや悲惨さを感じ、平和の大切さを学ぶという成果があった」と言っている。
松原第六中学校の方も結局、学校側が「沖縄を公正中立に取り扱う」ことを確約し、修学旅行にゴーサインが出た。
山道教育長は言う。
「波風が立つのは覚悟の上で、『教育とは何か』『義務教育と政治的中立とは何か』という本質的なテーマを考えてもらいたかった。あえて一石を投じたつもり」
教師は公正中立でなければならない。これはどんな教師にも異存のない大前提だが、この公正中立は時として困難な場合がある。たとえば、沖縄の基地問題で公正中立な立場とは何か。新聞報道一つをとっても姿勢は一致していない。大人でも答えの決まらない問題を、中学生に対して「公正中立に」指導しきれるのか−。
「こう考えると、中学生という発達段階から見て、『難しすぎるのでは』『無理があるのでは』という判断も当然あっていい」。憎まれ役を買って出た格好の松原市教委だが、こうした考えを支持する市民の声も多く寄せられたという。
「学校の自主性に任せるといったほうが波風は立たない。でも私は教育者。どうしても言っておきたかった」。山道教育長はこう繰り返した。
■沖縄と修学旅行
財団法人日本修学旅行協会が全国の国公私立中の約2割を抽出して隔年で行っている調査によると、平成6年度に沖縄を旅行先に選んだのは14校、8年度は24校と増加傾向にあるという。また、同協会調べによる国内の人気スポット(高校、7年度実績)は、192校が訪れた清水寺(京都市)がトップだが、沖縄県も、ひめゆりの塔を筆頭に、首里城公園、琉球村、東南植物楽園の計4カ所が上位20位以内に入った。
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