1998/04/10 産経新聞朝刊
【教育再興】(47)埼玉県立所沢高等学校(下)入学式
九日午前、埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)の入学式には、降りしきる雨の中、多数の報道陣が詰めかけた。私服警官も警備についた。校長をバックアップするために派遣された埼玉県教育委員会の職員と、その動きを「監視」する生徒会側の弁護士の姿もあった。
学習指導要領に沿った入学式への出席を求める校長と、入学式をボイコットし生徒主催の「入学を祝う会」を計画する生徒会・教職員・PTAの主張は折り合わないまま、この日を迎えた。
正門には「第一回入学を祝う会」と書かれた看板と、それを支持するPTAの看板が置かれた。「入学式」の看板はない。在校生の一部は「有志」と書かれた腕章をつけ、新入生と保護者を入学式会場の体育館とは別の講堂に案内した。
入学式に報道陣は入れなかったが、新入生三百九十八人のうち六割強とその保護者が出席した。残る四割弱の新入生と保護者は「有志」に案内された講堂に残り、式後の「祝う会」にのみ出席した。
県教委によると、入学式の会場には国旗が掲げられ、国歌斉唱の際は全員が起立し、厳粛に行われた。教職員は校長の職務命令に従い、出席した。校長は「教育上の配慮」として、四割弱の入学式欠席者の入学も許可した。
文部省は「六割が出席したのは、入学式の意義や校長の方針を生徒や保護者が理解し始めた表れ」(辻村哲夫初等中等教育局長)と一定の評価を示した。
県教委は九日の入学式を「学校正常化への天王山」と位置づけてきた。
入学式対策が大詰めに入った三日、知事部局から異動して間もない桐川卓雄教育長は庁内の自室で、「式に出なければ入学は認められない。法律や学習指導要領以前の問題。社会の常識として守っていただきたい。県教委挙げて、校長を全面支援する」と決意を語った。県教委と内田校長名でそれぞれ、入学式への出席を入学条件とする通知を保護者に発送した翌日のことだ。
県教委は四月の定期異動で、同校に異例の六人の管理職候補者を送り込んだ。孤立状態の「校長、教頭を補佐する」(県教委)とともに、過半数を占めながら「組合員による差別やいじめで自由に発言できない」(同校教諭)組合非加入の教職員を守るのが目的だった。
正常化をめざして「知事部局とも連携を図りたい」という県教委に対し、土屋義彦知事は六日朝、「県教委にはあまり突っ走ることがないように話した」と発言した。武田茂夫副知事は「式欠席を理由に入学を取り消すことはない」と話したが、同日夜の緊急会見で「真意ではなかった」と発言を取り消した。
一方、文部省は三月末、従来の所沢高の学校運営について「適正でない部分があった」として、荒井桂・前教育長に対し、学習指導要領に沿った入学式実施を求めるよう指導した。
七日には町村信孝文相が閣議後の会見で、「校長が適当だと判断した方法で行ってほしい」と述べ、生徒側が入学式をボイコットする動きを批判した。
前回も書いたが、同校は埼玉県高等学校教職員組合(埼高教)に属する教職員の発言力が強い。
今回の問題でも、卒業式をボイコットしたうえでの生徒会主催の「卒業記念祭」に埼高教の副委員長が参加(三月九日)▽入学説明会で、組合員の教諭が校長の意向に反した発言(三月十八日)▽同教諭を県教委が戒告処分(二十六日)▽PTA(沼尾孝平会長)が校長の配置転換と教諭の処分撤回を求める請願書を決議(三十一日)▽教職員代表が内田校長の罷免要求(リコール)と処分撤回を求める職員会議の決議文を県教委に提出(四月二日)−など、「県教委・校長」と「教職員組合・組合の影響を受けた生徒会・PTA」の対立の図式が鮮明になっている。
県教委には連日、「所沢高のような学校に税金を払いたくない」「一学校ではなく、県全体の問題だ」といった投書や電話が相次いだ。
「治外法権だと思っているのだろうか。所沢高で行われていることは法の下での異常事態。県民から『廃校にしろ』という厳しい意見も出ていることを理解してほしい」と県教委幹部は今後の学校運営に言及した。
内田校長は一連の式終了後の会見で、入学式を欠席した生徒について「入学を許可した以上、不利になることはしないが、考えがあって(式に)不参加としたのだろうから、こうした行事の重要性を理解してもらうよう、今後三年間かけて指導していきたい」と語った。
「埼玉県立所沢高等学校」シリーズは渡辺浩、大塚昌吾、鵜野光博が担当しました。
■学習指導要領
小中高校の教育内容などについての国の基準で、法的拘束力を持つ。現行の文部省高等学校学習指導要領では、第三章・特別活動の学校行事の中で儀式的行事を定め、「学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛で清新な気分を味わい、新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと」としており、入学式・卒業式の実施はこれにあたる。また、指導要領は「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」としている。このほか、学校教育法施行規則では、高等学校の入学は校長が許可するものと定められ、許可の取り消しも校長の権限で行われる。
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