日本財団 図書館


1998/04/09 産経新聞朝刊
【教育再興】(46)埼玉県立所沢高等学校(中)権利の主張
 
 入学式をボイコットし、生徒会主催の「入学を祝う会」を計画している埼玉県立所沢高校の生徒のために「弁護団」が結成された。きょう九日の入学式では数人の弁護士が県教委側の行動を「監視」するという。
 「生徒の意見を聞かないまま卒業式や入学式を強行することは、子どもの権利条約に違反する」。弁護団結成の理由について、世話人の津田玄児弁護士はこう説明する。
 「子どもの権利条約」−。所沢高の一部の教師、生徒、保護者は「児童の権利条約」のことをそう呼んでいる。生徒会やPTAは昨年、大学教授や弁護士を招いて「子どもの権利条約」の学習会や討論会を相次いで開催した。
 先月二十六日には、生徒会執行部、PTA常任理事会のメンバーや「卒業生有志」が東京・霞が関の日弁連を訪れ、佐々木和郎・子どもの権利委員長らと懇談している。
 佐々木弁護士は昨年十月のマスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会で「少年事件に限らず、被害者の実名、顔写真は報道する必要はない」と発言した弁護士だ。
 佐々木弁護士らは生徒たちに対し「憲法や子どもの権利条約の精神を学校の中で実現してほしい」と励ましたうえで、「自治的な取り組みをほかの学校にも広げていってほしい」と述べた。
 
 所沢高はもともと生徒の政治活動が盛んな学校だった。全国で学園紛争の嵐が吹き荒れた昭和四十四年から四十五年にかけ、ハンスト騒ぎや校長室に火炎瓶を持った生徒が侵入する事件が発生した。四十九年には、「レーニン研戦旗派」を名乗る過激派生徒グループによる授業妨害事件が起きた。同校には共産党の青年組織、日本民主青年同盟(民青)のメンバーがいると関係者は証言する。また公安当局は同校を「民青の勢力が強く、活動が活発化しているところ」と位置づけている。
 「我が校内での儀式その他における『日の丸』掲揚及び『君が代』斉唱の強制に一切反対します」。平成二年二月、生徒総会は「『日の丸、君が代』に関する決議文」を採択。その年の十一月には「私たちは自治を確立する必要がある」とする「生徒会権利章典」を決議し、それからは正常な入学式・卒業式は行われなくなった。
 所沢高の生徒会室には「生徒人権手帳−生徒手帳はもういらない」(三一書房)という本が置いてある。「子どもの権利条約の順守」を掲げる全国の中高生の間でバイブル的存在になっているというこの本には「生徒の人権」として、次のような項目が並ぶ。
 「遅刻をしても授業を受ける権利」「飲酒・喫煙を理由に処分を受けない権利」「セックスするかしないかを自分で決める権利」「子供を産むか産まないかを決めるのは女性自身の権利」…。
 職員室では、共産党系の全日本教職員組合(全教)に加盟する埼玉県高等学校教職員組合(埼高教)に属する教職員の発言力が強い。校長の意向に反する発言で戒告処分を受けた竹永公一教諭(四六)も埼高教組合員だ。先月九日、卒業式をボイコットした生徒たちが開いた「卒業記念祭」には埼高教の和田茂副委員長(現委員長)も参加、生徒会を支援している。
 一方、地元では共産党系の新日本婦人の会所沢支部などが、学校行事に国旗・国歌を持ち込まないよう求める運動を展開。市立清進小の入学式で父母が風船とプラカードで抗議▽市立安松小の入学式で、国旗を背にした記念写真を拒否した一部保護者の抗議を学校側が受け入れる▽県立所沢中央高の卒業式で校長らだけで国歌を斉唱−などの事態がここ数年、相次いだ。
 埼高教や新日本婦人の会所沢支部などでつくる「所沢教育連絡会」は今年二月、「子どもの権利条約と所沢の子どもたち」と題した集会を開催。集会には所沢高の生徒会執行部、埼高教組合員、PTA常任理事会のメンバーも参加した。
 
 税金で運営されている学校が学校行事として入学式・卒業式を実施し、国旗掲揚・国歌斉唱を行うことは児童の権利条約に違反しているのか−。
 森隆夫・お茶の水女子大名誉教授は「生徒が入学式、卒業式をボイコットできると解釈できる条文はない。組織に入れば秩序に従うのは当然」。高橋史朗・明星大教授は「条約には、教育の目的が自国の価値観の尊重にあると明記されており、国旗や国歌の否定こそ条約違反」と指摘する。
 また、所沢高を平成二年に卒業した東京都杉並区の大学生、石井信博さん(二六)は「後輩たちは一部の生徒や教師の影響を受けて、自由をはき違えている。大多数を占めているはずの良識派は早く目を覚ましてほしい」と呼びかける。
 
 ■児童の権利条約
 正式名称は「児童の権利に関する条約」。1989年(平成元年)に国連で採択され、日本では平成6年に国会で批准、発効した。
 病気や飢餓、親による虐待などに苦しむ開発途上国や紛争地域の子供たちの人権を守るのが主な目的の条約だが、日弁連や日教組、全教などは子供の権利をことさらに強調し、責任能力を十分に備えていない子供があたかも大人並みの権利を行使できるかのようにとらえている。「『児童』では保護の対象というイメージが強い」などとして「子どもの権利条約」と呼んでいる。


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION