日本財団 図書館


2004/01/11 読売新聞朝刊
揺れる指導要領 教育課程の基準・・・・・・「ゆとり」改め「学力重視」(解説)
 
 導入されたばかりの新しい学習指導要領が見直された。〈ゆとり重視〉から〈学力重視〉に、文部科学省が政策転換したことに伴う一連の作業の締めくくりとされる。指導要領は、その位置付けも中身も、時代とともに大きく揺れ動いてきた。(解説部 中西茂)
 
◆異例の早期見直し
 学習指導要領は、文科省が定めた小学校から高校までの教育課程の基準。小中学校は、総則、各教科、道徳、特別活動の四章立て、高校は道徳がなく、普通教科と専門教科が別の章になる。各教科には、目標と内容、内容の取り扱いが示してある。
 指導要領を元に、教科書会社は教科書を作り、文科省は検定を行い、学校は時間割を作る。指導要領が変われば、教科書も授業も入試も変わる。これまでの見直しは、ほぼ十年ごとだったが、学力低下論争が早期見直しの引き金になった。
 新指導要領は、小中学校では公立学校の週五日制の完全実施に合わせた二〇〇二年春から、高校は一年遅れて昨春から実施された。五日制で、これまで以上に内容を絞り込んだこともあって、実施前から「学力低下が進む」という声が強まった。
 文科省は二〇〇一年初頭から学力重視へ政策転換を具体化させ、「指導要領はすべての子が学ぶ最低基準」と強調。一方で、指導要領に合わせた従来通りの教科書検定をしたため、「ここまで削るのか」と学力低下論という火に油を注いだ。教科書に指導要領を超える部分が、「発展的記述」とことわる限定付きで認められたのは、この春、高校で使われる教科書から。教科書を規定する指導要領より先に教科書が見直されたわけだ。
 そもそも、現場は、指導要領を最低基準とは受け止めていなかった。内容の取り扱いの部分には、「帯分数を含む計算は取り扱わない」(小学六年算数)といった「歯止め規定」も多い。このため今回の見直しでは、総則など別の部分の表現を直し、示していない内容が指導できることを明確にした。
 政策転換に伴う一連の文科省の作業には、「小手先の見直し」との批判もある。
 
◆VS日教組、対立の歴史
 現場が指導要領を最低基準と見ない背景には、歴史も影響している。
 皇国教育への反省から始まった戦後の教育改革で、最初に生まれた一九四七年の指導要領は、急きょ作られた試案。教師の手引だった。しかし、道徳の時間が新設された五〇年代後半ごろから、戦前の「修身」復活と絡んで、日教組との対立が激化。この時期の文部省は、指導要領を最低基準としつつ、法的拘束力を強調するようになる。
 「教科書を使わず、指導要領逸脱の偏向教育をした」として、福岡県の県立高教師が七〇年に懲戒免職処分を受けたことを巡る伝習館訴訟は、対立の象徴の一つ。裁判は、最高裁が九〇年に処分を肯定する判決を出し、決着を見たが、こうした「逸脱」に目を光らせた歴史が、学習指導要領は上限という意識を現場に植え付けたとも言える。同省元幹部は、「指導要領を拒否する反対闘争に対応するため、心ならずも法的拘束力をもち出した」と述懐している。
 指導要領は、文末の表現で法的拘束力の強弱が示される。やはり、日教組などとの対立を招いてきた国旗国歌問題では、八九年の見直しで、それまでの「望ましい」が「入学式や卒業式などにおいては、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」という義務的表現に変わった。
 
◆変わる?教える内容
 学ぶ内容は、高度成長期の六八年からの見直しで最も多くなった。ゆとり重視は、この後の七七年からの見直しから始まったとも言える。
 八九年の小学校低学年での生活科新設に続き、新指導要領では、教科横断的な内容に取り組む「総合的な学習の時間」が目玉として入った。教科外の位置づけで、教科書はなく、現場の工夫の余地は広がってきた。
 今回の見直しでは、この「総合」でも、必ずしも意図通りになっていないとして、教科学習と関連づけることや、学校で目標や内容を定め、全体計画も作るよう求めた。しかし、現場の裁量拡大路線が変わったわけではない。これを「現場次第」と見るか、「現場まかせ」と見るかで、この「時間」の評価も、その後の展開も違ってくる。
 新しい指導要領開発のための制度である文科省の研究開発学校という実験校は、現在では現場の提案に委ねる型となっている。目立つのは小学校での英語教育。賛否両論は当然あるが、指導要領に取り入れられる時代がいずれ来るかもしれない。
 
《学習指導要領の主な歩み》
1947年発行(試案)
・社会科、家庭科登場
58―60年改訂
・小中学校に道徳の時間
68―70年改訂
・内容の高度化
77、78年改訂
・授業時間の削減
89年改訂
・小学1、2年に生活科
・高校で世界史必修
・高校で家庭科男女共修
98、99年改訂
・総合的な学習の時間
・高校に新教科「情報」
※実施は一般的に数年ずれるが、すぐの場合もある 
 
 〈指導要領と指導要録〉
 「指導要録」は、通信簿や内申書の原簿となる個人記録のこと。「学習指導要領」と混同されることが多い。役所が行政指導などの際に使う「指導要綱」、入学試験の概要を示す「入試要項」といった言葉もあるため、紛らわしい。 

 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION