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2004/01/11 読売新聞朝刊
[社説]決断の年 教育のグランドデザイン描け 基本法改正の時だ
 
◆迷走続けた教育論議
 日本の子供や若者には、人と人を結びつける「公」の意識が欠落している。そんな危機感にかられる人も、少なくないのでないか。
 子供たちの学力は以前より低下し、学習意欲や学校外の学習時間は、先進諸国で最低レベルにあることが、明らかになっている。「いじめ」や不登校は、依然として深刻な問題だ。働かない、働けない若者の増加も、指摘されている。
 昨年、長崎の十二歳少年による幼児殺害や、大阪府河内長野市で起きた十八、十六歳男女による一家殺傷事件は、心に深い「闇」を抱えた若者の存在を浮き彫りにした。
 貧しさや社会的混乱とは異なった要因がある。要因を正しく分析し、対策を打ち出すことが必要だ。だが、教育論議は迷走を続けてきた。
 学力問題では、詰め込み授業が批判され、子供の自主性を重んじる「ゆとり」教育が導入された。しかし、学力低下が問題になり、学校では今、基礎基本の徹底が課題となっている。
 不登校の子に登校を促すと、事態が悪化することもあると指摘された。子供の自発性を尊重する立場から、すべての不登校児に指導を控えるようになり、文部科学省の研究協力者会議が昨年、「適切な指導」を求める報告をまとめた。
 「いじめ」は、日本人の閉鎖的な意識がもたらす「特殊日本的なもの」と主張された時期があった。他の先進諸国でも深刻な問題であることが分かり、国際的な研究が進められている。
 迷走の背景には、自発性偏重、自虐的な日本人観などが読み取れる。
 「人」は自分だけで「人」になるわけではない。環境や共同体などの影響を受け、価値観、自己肯定感、他人への信頼感などを形成していく。
 そうした当たり前の道筋が、これまで余りにも軽視されていた。
 誤った教育観は、「個人の価値」「自発的精神」を過度に強調し、本当に大切なことについてはほとんど触れることのない教育基本法に行き着く。
 
◆「個人」の過度の強調
 例えば、家族だ。
 親に虐待された子供を支援している人たちの間で今、「愛着形成不全」が大きな問題になっている。親などに適切な愛情を注がれなかった子供は、自己肯定感や自己同一性(アイデンティティー)をはぐくむことができず、欠落したものを補うには、多大な努力を必要とする。
 それほど大切な家族なのに、基本法では社会教育の項目で、「家庭教育」が扱われているだけだ。
 国についても、そうだ。
 国に対する意識には、生まれ育った社会の文化、言語、歴史などに対する愛着や帰属意識を意味する「祖国愛」、国民が一つの国家を形作っていることを意識する「愛国心」などがある。ともに関連し、個人のアイデンティティー形成に大きな影響力を持つ。公共心と社会的規範の源にもなる。
 
◆総括と方向性提示を
 愛国心は本来、民主主義と対になり、国民一人ひとりが国家の運営に参加し、責任を持つ基盤になるものだ。他の国の人の愛国心も尊重する健全な愛国心教育が、急務だ。
 だが、基本法からは「国を愛する」という要素が排除されている。それが、「愛国心イコール軍国主義」という誤解を生み、国旗・国歌が学校でタブー視される事態を招いてきた。
 明治以降の日本をことさら悪く描く風潮が続いてもきた。占領期に、連合国軍総司令部(GHQ)によって展開された「戦争罪悪感宣伝計画」の影響だ。そのトラウマは、まだ続いている。
 情報化、国際化、核家族化、少子化などにより、教育は今、複雑な問題を抱えている。様々に現れる現象に対症療法的に対処するのではなく、子供たちにしっかりしたアイデンティティーを育て、その基盤の上に自分の人生を選び、作り上げる力を培うことが喫緊の課題だ。
 そのためには、基本法を改正し、家族や国など、自分を超え、自分を支える共同体の価値について、子供たちに学ばせる必要がある。
 基本法改正は、首相の諮問機関の教育改革国民会議が二〇〇〇年十二月に提言し、中央教育審議会が昨年三月、具体案をまとめた。与党内で公明党が慎重だが「国を愛する心の涵養(かんよう)は、統治機構を愛せ、ということになる」との主張は、愛国心のごく一部しか見ないものだ。
 改正案を国会提出し、これまでの教育の総括と今後の方向性について国民的論議を興し、教育の全体構想(グランドデザイン)を構築しなければならない。
 座標軸が定まらないままでは、いつまでも混乱が続くばかりだ。

 
 
 
 
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