2001/12/24 読売新聞朝刊
教育・問われた1年 広がる閉そく感 詰め込み?ゆるみ? 揺らぐ指導のあり方
学力、学校の安全、大学のありかた、家庭の問題、不登校の増加――。様々な面で教育が問われ続けた一年だった。深刻な議論も、衝撃的な事件もあった。あの問題、あの事件は何を問い掛けたのか。そしてそれは今、どうなっているのか。今年の教育を振り返りつつ、来年の課題を探った。
◆学力
学力問題に明け暮れた一年だった。
本紙は一月五日朝刊で、文部省(現・文部科学省)が「ゆとり教育」を抜本的に見直す方針であることを特報した。同省の方向転換は学校現場に大きな衝撃を与え、「一・五読売報道ショック」との言葉も生まれた。
同月二十四日、同省の小野元之次官は都道府県教育長協議会で「『ゆとり』は『ゆるみ』ではない」と発言。学校で基礎的な学習がおろそかにされている傾向もあると注意を促した。指導要領は最低基準で、指導要領の範囲を超えた授業もできるとした。
その後、同省は高校教科書で指導要領を超えた記述を容認するなど転換の実質化を図ってきた。東京都が都立高校四校を「進学指導重点校」に指定するなど、学力向上に向けた自治体の動きも目立った。
この転換は、子どもの学力が低下しているとの指摘が各方面から上がったことを受けたものだ。来年四月から小中学校では、教科内容や授業時間を大幅に削減した新学習指導要領が実施されるが、その影響への懸念もあった。
こうした見直しに、「知識の詰めこみに戻るのか」という反発もある。しかし、様々な調査や論議で分かってきたのは、日本の子どもたちの学習意欲の乏しさや家庭での学習時間の少なさだった。「考える力」と基礎学力の関係も論議になった。
受験のための偏差値序列でしかとらえられてこなかった学力の内実や水準が、初めて本格的に論議された一年だった。来年は新指導要領の効果が厳正に評価されることになりそうだ。(勝方信一)
◆学校の安全 「開放」との両立探る
学校開放が進むなか、六月八日に大阪教育大付属池田小(大阪府池田市)で児童殺傷事件が起き、学校の安全確保が問題になった。
東京都は、緊急通報システム「学校110番」を、今年度末までに公私立の小中学校や幼稚園など約五千七百施設に設置する。校内の非常ボタンを押すと、警視庁通信指令本部に自動通報され、警官が急行する。
地域が子どもを守る動きも広がっている。事件後から川崎市内の市立小学校百十四校では、PTAや住民らによる防犯パトロールが続く。市教委は当初、毎日一人八百円の謝礼を支払う形を取った。が、「子どものためという気持ちに水を差す」との声が参加者から上がり、今パトロールは保護者らの自主性に任せる形だ。
同市幸区の夢見ヶ崎小学校では、授業や課外活動を支援する教育ボランティアらが協力。渡辺則雄さん(65)は手が空いた時間に、校内の様子がよく見えるよう校門や校庭の周囲の植え込みを刈り、携帯型の防犯ブザーを持って見回る。「地域の人たちが学校に関心を持てば、児童の安全は保てると思う」と言う。
「地域交流棟」がある新潟県聖篭(せいろう)町立聖篭中学校では、教職員と生徒は名札、来校者は「お客様」プレートの着用を徹底。坂口真生校長は「学校を閉ざすのではなく、地域住民が多く学校に出入りすることで不審者を排除したい」と話す。
「開かれた学校」と安全確保の両立が課題となっている。(福浦則和)
◆大学 私立、AO入試で学生確保図る 国立はセンター試験科目増やす
私立大では、入学者が定員に満たない定員割れの大学が今春、全体の約三割を超えた。書類審査や面接で選抜するAO(アドミッション・オフィス)入試が急速な広がりを見せているが、受験生の「青田買い」に利用しているのでは、との批判も出てきている。
一方、大学入試センター試験を実施する国立大学の八割にあたる七十五校は、二〇〇四年度入試から、同試験で「五教科七科目」の受験を義務づける方針を打ち出した。受験生確保策もあって、国立大でも入試科目を減らす傾向が続いており、受験生が入試に必要な科目しか勉強しない弊害や、新入生の学力が低下していることへの懸念が強まっていた。
すでに、「生徒には安易にAOで進学先を決めないように促している」という高校も増えている。新入生の「学力水準」確保のため大学入試の科目を増やす傾向は、私立大にも影響を与えそうだ。
今年は国立の山形大をはじめ、過去の入試ミスの発覚が相次いだ年でもあった。ミスを知りながら隠ぺいしていた富山大のケースは悪質だった。私立大も含め、大学の組織の在り方が改めて問われた。
国立大の改革を促すスピードは急速に早まっており、六月には「民間的経営手法の導入」「国立大の再編・統合」などを盛り込んだ文部科学省の「大学の構造改革の方針」が打ち出され、波紋を呼んだ。実施のための具体策が問われる。(古沢由紀子)
◆児童虐待 「孤独な育児」に病理 求められる支援の手
昨年十一月、児童虐待防止法が施行された。しかし、その後も、虐待事件は後を絶たない。
今年七月名古屋市で、三十二歳の母親が七歳の長女を虐待して死なせ逮捕された。似た事件が頻発している。児童相談所が「家族からの虐待」を理由に児童福祉施設に保護した子どもは、昨年度は二千五百二十七人。四年前の二・二倍で、年々増加している。
犯罪に至らなくても、「幼い我が子をたたいてしまった」「暴言を浴びせてしまった」などと、自分を責めて悩み、各種の相談施設に訴える母親が増えている。虐待と日常の小さな暴力との境目はなく、虐待事件の“予備軍”は無数に存在するといわれる。
背景には、強まる母親の育児ストレスがあるとされる。子育てに疲れ果て、「子どもと二人だけでいたくない」と訴える人は少なくない。育児文化研究所の丹羽洋子所長は「母親たちの閉そく感はますます強まっている」と話す。
母親一人が育児を担っており、周囲の協力がなく、社会の子育て支援システムが不十分だから――が専門家の一致した見方だ。
虐待事件は、低下した家庭や地域の教育力や育児力をどのように高めていくかを突きつけている。働く女性が増え、多様になった働き方に合わせた社会のシステムがしっかり構築されない限り、また、母親たちの「孤独な育児」に多くの人の理解が進まない限り、今後も悲惨な事件はますます増えると見られる。(永原香代子)
◆不登校 引きこもり 社会問題として意識浸透
国の調査結果などによると、不登校や引きこもりをめぐる状況は深刻さを増している。一方、国がこれらを社会問題として認識し、対策に重い腰を上げたことを評価する声もある。
文部科学省が八月に発表した調査によると、昨年度の不登校児童・生徒は小中学生は十三万四千人と過去最多。特に中学ではクラスに一人は不登校の生徒がいる計算だ。
一方、百万人を超すともいわれながら実態がつかめなかった「引きこもり」について、厚生労働省は五月、初めて「精神病以外で、六か月以上の間、家族以外と交流しない中学生以上の人」と定義付け、対応方法のガイドラインを全国自治体に配布した。
こうした状況を「高度経済成長期以来の長期的な社会現象」とするのは、『社会的ひきこもり』などの著書のある精神科医の斎藤環さんだ。「働かなければ生きていけないという実感がなく、なぜ働くのかを問い始めた」引きこもり世代の意識の変化を見て取り、今の日本に成熟のモデルがないことを指摘する。「本当の意味でのかっこいい大人がいない。早く大人になりたいと思わせる要素がないため、若者の意識が成熟拒否へと向かってしまう」
教育の現場での具体的な対策として、「朝の十分間読書」運動の広がりや、ディベートなどコミュニケーション技術を伸ばす取り組みに期待するという。また「社会に『世間体』に変わる価値基準が出てきてほしい」とも話す。不登校も引きこもりも、偏見の目で見るのでなく、社会全体の問題として家族や学校が認識することが必要だ。(松本由佳)
次回は来年1月14日に掲載します。
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