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2001/02/05 読売新聞朝刊
[社説]新世紀を開く 学校で「公共性」をどう教えるか 奉仕活動の導入を機に
 
◆ボランティアと補完
 「奉仕」という言葉が論議の的になっている。「もとは天皇に仕えるという意味だ」などと、日本書紀にまで語源をさかのぼって、批判されたりもする。
 しかし、言葉の意味は移り変わる。時代時代の空気を吸っては深みを増し、それがまた、その時代時代に深みを与えても来た。新世紀の劈頭(へきとう)、奉仕という言葉もまさにそうあればと思う。
 首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」が、昨年末、小、中、高校で全員に奉仕活動をさせるよう提言した。将来的には十八歳以上の青年が様々な分野で一定期間、奉仕活動をすることも検討が必要だとした。
 文部科学省は二〇〇二年度には何らかの形で、各学校に奉仕活動の導入を促す方針だ。関連法案も今国会に提案する。しかし、肝心の同年度から実施に移される新学習指導要領に手を加える様子はない。
 学校教育の場に奉仕活動をどう位置づけるのか。ボランティア活動や種々の体験活動との関連をどう考えるのか。この機会に整理しなければならない大事なことが忘れられていないだろうか。
 「奉仕」は「ボランティア」との対比で論難される。「自発的なボランティアならいいが、押し付けの奉仕では意味がない」というのが典型だが、これは両者を一面的にとらえた意見でしかない。
 ボランティアは「問題意識」から「自主的」に始まるのに対し、奉仕は「貢献意識」から「他律的」に始まる。その成果としては、前者には「民主主義社会の発展」があり、後者には「個人の道徳的成長」が考えられる。
 ある論者の見事な整理だが、これに従えば、どちらにより高い価値があるとは言えない。むしろ互いにあい補う関係にあると言ってもいい。この関係を教育に生かしているいい例に米国がある。
 米国では「コミュニティーサービス」という言葉は、ボランティアと画然と区別されている。もとは兵役や服役の代替を意味したともされ、公園の掃除、障害者の手助けなどがイメージされる。日本で言う奉仕活動に極めて近い。
 全米の中高生の約二割が、このコミュニティーサービスを学校から課されている。州によっては数十時間の活動を卒業要件としているところもある。必修化、義務化と言っていい。
 
◆米英でも進む必修化
 学校から義務化されていない者も含めれば、全米の約半数の生徒がコミュニティーサービスに参加しているという。学校側から見ても、五割から六割の学校がコミュニティーサービスを企画し、生徒に参加を促している。
 さらに注目したいのは、米国では活動後にクラスでその問題について学習させる「サービスラーニング」を重視している点だ。討議させ、リポートを書かせ、理解度を評価する。
 それはやがて子どもたちの問題意識をはぐくみ、自主的な活動へとつながることになる。つまり、奉仕活動が、それを通じて子どもたちを教育することでボランティア活動に発展していく道筋が、ここに示されているのである。
 英国は来年から、日本で言う学習指導要領で、中高生に相当する生徒に「シチズンシップ教育」を必修化する。言わば「良き市民」についての学習で、地域社会へ出て責任ある活動に参加することなどが盛り込まれている。
 世紀の変わり目に、日本を含めた各国で、若者に公共性について学ばせる必要が叫ばれているのは興味深い。しかし、これは決して偶然ではない。
 
◆共同体再構築が急務
 二十世紀はある意味で経済の世紀だった。経済発展は都市化を促し、その一方で地域社会や家庭が影の薄いものになった。人々が帰属意識を失い、それが若者に影を落とした。
 新しい世紀がどんな展開を見せるのかは分からない。しかし、まずは共同体を再構築しなければ、新たな地平は開けて来ないのではないか。それが各国に共通した危機感だろう。
 奉仕活動の対象が、特定の個人であるとか戦前のような軍国主義であるとかの議論が、いかに時代感覚を欠いていることか。ためにする後ろ向きの論議からは早く脱しなければならない。
 兵庫県で始まった「トライやる・ウイーク」をきっかけに、全国に体験活動の様々な取り組みが広がっている。ほとんどそのすべてが成功しているが、学校教育の中にまだまだ体系的に位置づけられているとは言いがたい。
 奉仕活動を入り口にして、子どもたちをどこへ導いて行くのか。それを考える今をいい機会としたい。それは、新しい時代に私たちの社会をどう築いて行くのかということにもつながっていく。

 
 
 
 
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