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1997/05/31 読売新聞朝刊
中高一貫教育 選抜法も学習も多様に 志向は「総合タイプ」/読売新聞社調査
 
 「受験競争の低年齢化を招かないか」「小学校という早い段階で進路選択ができるのか」。三十日の中央教育審議会報告の大きな柱である公立の中高一貫教育について、読売新聞社が行った自治体調査では、危惧(きぐ)する声も目立った。また導入する場合の一貫教育校のタイプとしては、大半の自治体が、学力試験抜きの多様な選抜方法にするとともに、個性も能力も多様な子供を受け入れやすい総合学科タイプの学校を理想に挙げている。(本文記事1・2面)
 
〈入学者選抜〉
 一貫校のエリート校化や受験競争の低年齢化を避けるため、面接やグループ作業、実技、推薦、小学校長からの調査書、抽選など学力試験を除く多様な選抜方法の併用で個性、適性を見たいとする自治体がほとんどだった。
 中教審報告も「公立の中高一貫校では学力試験を行わないこととする」と明記したが、「何らかの学力試験は必要では」(愛媛県)、「国語、算数の基礎テストに面接、作文で二、三倍に絞って抽選」(東京都)などの回答もあった。
 一方、「基礎学力は調査書で十分」(山梨県)、「推薦も、小学校が子供を優秀かどうかで選ぶことになりかねず、ふさわしくない」(茨城県)という答えもあり、導入までには試行錯誤が続きそうだ。
 
〈学校のタイプ〉
 中教審報告が掲げた普通科、総合学科、専門学科の三タイプのうち、多様なカリキュラムの中から個々の生徒が科目を自由に選択できる総合学科タイプを挙げた自治体が、具体的に回答した二十七自治体のうち十八と最も多く、普通科を挙げた自治体はごくわずかだった。
 「興味や関心も、能力や適性も違う子が入ってくるなら総合学科しかない」(広島県)、「小学校で進路選択は非現実的。中学は普通科、高校から総合学科的にという形も考えられる」(山梨県)という考え方からだ。
 「過疎地振興寄与タイプ」(徳島県)、「地域密着の専門学科タイプ」(鳥取県)、「地域、体験を重視し、国際社会に通用する人材育成をしたい」(石川県)などの回答もあった。
 
◆公立第1号 五ヶ瀬中・高 ゆとり活用、体験学習 「大学受験に不安」の声も
 高校一年になったばかりの生徒からは「宇宙開発をやりたい」「英語を使う職業に」など、次々と将来の抱負が出る。老人ホームや保育園を訪問し、福祉の仕事や保母を夢見る生徒もいる。全国初の公立の中高一貫校、宮崎県立五ヶ瀬中・高(同県五ヶ瀬町)の岩切正憲校長は「生徒が自立し、自ら進路を考えられるように、様々な取り組みをしている」と話した。
 同町は熊本県境に接した山村だ。学校も、山村の活性化を目指した県のフォレストピア構想(森林と理想郷の意味を合わせた造語)の一つとして、県立高校の分校を活用して、九四年に開校した。一学年の定員は四十人で、全員が寮生活を送っている。開校時は中一と高一だけで、昨春、ようやく六学年がそろった。
 ゆとりの時間を「フォレストピア」と名付けた体験学習にあてるのが大きな特徴だ。農家の人を講師にした田植え、茶摘み体験、近くの川や森林の環境調査、天文観察など、社会に対する問題意識を持つ工夫がされている。
 入学希望者は多い。四年目の今年もほぼ県内全域から三百七十人が応募、九倍を超える難関となった。選抜に学力試験はない。小学校の調査書と面接、実技で一次試験が行われ、約一・五倍に絞った上で公開抽選する。実技は四コマ漫画や恩師へのお礼の手紙を書かせたりする。
 今春初めて巣立った一期生四十二人すべてが大学を受験した。入学当初から砂漠の緑化に興味を持ち鳥取大に、中国と日本の懸け橋になろうと北京の大学に進んだ生徒もいた。
 ただ、高校受験をしないでのびのび育ったはずの生徒の中には「小学校の同級生が一生懸命、高校受験の勉強をしているのに、自分はしなくていいのかと思った。受験の経験が一回減るので、大学受験では不安です」(高一の飯干佳奈さん)と訴える声もある。
 「入学できる子供が限られた状況では、エリート校につながっていく」(宮崎県教職員組合の菊池嘉継執行委員長)という批判もある。これに対し、同校設置時に県教育長として尽力した児玉郁夫さんは「勉強面だけの偏った人間でなく、健康、勉強、人格の三拍子そろうエリートならばいいじゃないか」と反論している。
 
◆中教審提言「飛び入学」歓迎と心配 才能伸ばせる 受験戦争激化
 中教審の審議報告が「飛び入学」を提言したのを受け、さっそく具体的な検討に入る大学も見られる一方で、「受験エリート」集めにつながるのではないかと心配する見方も根強い。
 千葉大学の丸山工作学長は「『十八歳の壁』に風穴があいた。横並び意識の強い日本社会では画期的なことだ」と、率直に歓迎した。
 千葉大では二年ほど前から、飛び入学について内部的な検討を進めてきた。提言を受け、できるだけ早い時期に実施できるよう、具体的な検討に入るという。
 丸山学長は「今の社会では、子供の時から好きだったり得意だったりする分野があっても、受験勉強に追われて十分に才能を伸ばせない。好きなことをやって大学に入れるという道を少しでもつくりたい」と、導入のメリットを語る。
 当面は、中教審の提言に沿って物理、数学を対象に検討する方向だが「化学、地学、生物、情報科学や、文系では哲学、論理学などでも門戸を広げられるのでは」と意欲的だ。
 一方、大学教授などでつくる日本数学会(理事長・浪川幸彦名古屋大教授)は、これまで、「飛び入学は受験戦争の激化を招く可能性がある」などとして、中教審に「慎重な対応」を申し入れてきた。浪川理事長は、今回の提言が飛び入学の問題点や配慮すべき点を明記していることを評価したうえで「実施する大学は、才能の育成という本来の目的から逸脱しないよう、また、学生の全体的な人格育成にも十分配慮してほしい」と訴えている。

 
 
 
 
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