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1995/08/25 読売新聞朝刊
[戦後教育は変わるのか]日教組の路線転換(1)自社連立で急展開(連載)
 
 教育の基本政策をめぐって、長く対決を重ねてきた文部省と日教組。それが戦後五十年目の夏、歴史的和解を迎えようとしている。協調路線への全面転換をめざす九月一日からの日教組定期大会を前に、変化の底流を探ってみた。
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 「二十一世紀への転換点にあたり日教組には、まず教育界の対立を解き、教育改革へむかって社会的責任を果たすことが求められている」(新運動方針案)
 今回の定期大会で、日教組は自ら「教育界の対立を解く」ことの是非を問う。しかし、その地ならしは、日教組の諮問機関「21世紀ビジョン委員会」が中間報告で、「五五年体制が教育界の対立を増幅したのは最大の不幸」と記し、大胆な路線転換を促した昨年十月に、日教組と自民党の間で静かに始まっていた。
 
◆政治よりいじめ課題変化も作用
 日教組「自社連立時代に入り、自民党ともざっくばらんに付き合いたい」
 自民党「革命集団ではなく、教職員組合として理解を得ることが大切だ」
 横山英一委員長ら日教組幹部と、自民党の石橋一弥文教制度調査会長ら文教議員が、都内で会談したのは、ビジョン委中間報告から、さほど時間を置かない時期だった。
 席上、自民党は「定期的な意見交換の場を設けよう」と申し出、今年三月にスタートした定期協議の開催を提案。これに対し日教組は「与謝野馨文相と横山委員長の会談を行いたい」と述べ、その橋渡しを依頼するなど、長年の対立関係にピリオドを打つ意思を確認し合った。
 この会談後、日教組と自民党というかつての仇敵(きゅうてき)は、文部省を巻き込む形で急速に友好関係を演出し、冷戦の雪解けをアピールし始める。
 自民党の根回しで、与謝野―横山のトップ会談は昨年暮れに実現した。年が明けてからは、日教組の旗開きに自民党の森喜朗幹事長(当時)が同党から初めての来賓として招かれ、「時代は大きく変わった。これからは堂々と日本の教育を日教組と話し合う」とエールを送った。
 一方、和解ムードを盛り上げる政治の動きとは別に、文部省もビジョン委中間報告を機に、関係改善の可能性を模索していた。政治の世界と違い、文部省にとっての「和解」は、「学習指導要領や職員会議の位置付けなど、長年の対立項目で両者が一致すること」(文部省幹部)を意味する。
 路線転換の可能性に、省内は「運動方針案の対決姿勢が変わることはない」という旧態依然の日教組観がある反面、「日教組も文部省もお互いに姿勢を改めないといけない」という意見も聞かれた。長年の組合対策に費やすエネルギーのロスに疲弊していたと同時に、坂元弘直事務次官(当時)ら幹部も、時代や状況の変化を敏感に感じ取っていたからだ。
 結局、文部省も与謝野―横山会談を境に、関係改善の方向へかじを切り出す。日教組の路線転換が文部行政と整合するよう、折にふれ意見交換を積み重ね、対立項目について「率直かつ実務的に話し合う」(関係者)ことで、両者の妥協点を探っていった。
 日教組の路線転換を促したものは何か――。「ベルリンの壁崩壊、自社連立政権の誕生という時代の変化が追い風になった」(与謝野前文相)のは間違いない。横山委員長も「もう教育を政争の具にするな」と機会あるごとに発言している。同時に、「イデオロギー闘争で自縄自縛になっては、組織率や加入率の低下に歯止めがかからない」(日教組幹部)という組合内部の事情も作用した。
 また、教育課題の変化もある。「今、我々が取り組むべきことは、『教え子を再び戦場に送るな』という政治闘争より、いじめや不登校など学校現場でみられる『人間の危機』にどう対処するかだ」(日教組幹部)という認識は、組合内で共通のものになりつつある。
 日教組との関係改善について、「新選挙制度に備えての支援が目当て」とささやかれる自民党も、今年に入り三つの文教関係委員会を新設し、教育改革の提言に本腰で取り組んでいる。
 「ちょうど一年かかりました」。今夏の軽井沢で、日教組の路線転換を知らせる与謝野前文相に、宮沢喜一元首相は「いや、五十年かかったんだよ」と感慨を込めた。
 元首相は勤評問題で文部省と日教組が断絶状態だった昭和三十年代半ばに文部政務次官を務め、「話し合いの道を開こうと努力した」という思い出を著書の中で語っている。宮沢元首相にとっても「隔世の感」を思わせる今回の路線転換は、戦後教育史の大きな節目を意味している。

 
 
 
 
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