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1995/06/03 読売新聞朝刊
[社説]「付加価値競争」を始めた大学
 
 大学に対する社会評価が、教育の質を問う方向に進みつつある。どこの大学を出たか、よりも、何を学んできたか・何ができるか、に重きを置く傾向だ。
 トヨタ自動車が一日、採用の際に大学名を一切問わない「オープン公募制」の導入を発表したのも、その現れの一つだろう。ソニーも同じ仕組みにしているほか、新卒一括採用を見直す企業が増えている。
 こうした、産業界の変化に合わせるかのように、大学における教育改革が、ハイペースで展開されつつある。
 この春の文部省のまとめによると、昨年度までにカリキュラム改革を実施済みの大学は、三分の二に達した。シラバス(授業計画)を作成している大学は、二年間にほぼ倍増して百七十六校にも及ぶ。
 学生による授業評価の実施大学も、百五十に迫る勢いだ。数年前までは考えられなかった現象である。
 これらの動きには、大学の教育機能を高めるとともに、中身に付加価値や魅力をつけようとしていることがうかがえる。
 一連の大学改革は、外部からの要請にこたえるという側面以上に、「内輪の事情」に基づく要因を見逃せない。言うまでもなく、学生急減期に入って、生き残り競争のただ中に置かれているからだ。水準を上げるか、少なくとも維持していく努力を傾けざるを得ない状況にある。
 取り組みの評価が定まるのは、まだ先の話だが、たゆまぬ見直しと改善が求められよう。同時に、若者のものを見る目や総合的に考える力を養う観点から、教養教育の再構築にも力を注ぐ必要がある。
 その意味で目を引くのは、大学でも「補習教育」が始められつつあるという事実だろう。国立大の十五校を含め、六十六大学で導入されている。
 そのタイプは、高校で履修しなかった科目の補完のほか、正規の授業のための基礎的な力をつけるためのものに大別される。文系では英語、理系では数学、物理、化学が主流だ。共通して、教養書講読を含めた「読む・書く・話す」教育も見られる。
 多くの大学は、「やむを得ず」か「必要に迫られて」行っているようだ。反面、中には意図的・積極的に実施しているところもある。農業高校からの推薦入学者向けに英語と数学の補習を始めた愛媛大農学部のケースもその一つだろう。
 補習の背景には、大学の大衆化で、学力のレベルとタイプの異なる学生が増えたこと、大学と高校が、ともに個性化・多様化を展開していること、大学入試の多様化が入試科目の「軽減」の方向で進んできたこと、の三点が指摘できよう。
 大学、高校の個性化・多様化路線は、方向として間違っていない。問題は、入試をはさんで、両者がミスマッチを起こしている気配があることだ。
 大学は、これまで以上に、求める学生像と必要な学力を高校に伝え、入試と入学後のカリキュラムを整えなければならない。他方、高校には、大学との接続を念頭に置いた学習・進路指導が求められよう。

 
 
 
 
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