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1994/05/27 読売新聞朝刊
ソフトになった道徳教育 「思いやり」「命」重視/小中学校調査
 
◆「愛国心」は1割に満たず
 全国の小中学校が実施している道徳教育は、「思いやり」「生命尊重」といったテーマに重点を置いている割合が高いことが二十六日、文部省の調査で分かった。かつては堅いイメージだった道徳教育が、時代の流れとともにすっかりソフト化しているようだ。一方で、「国際理解」や「愛国心」を重点にしている割合は低く、標準授業時数(年間三十五時間)をクリアしているケースも中学校で約四分の一などと少ない点を同省は重視、「国際理解などの指導を充実させる必要がある」などとする通知をきょう二十七日、各都道府県教委に出す。
 この道徳教育推進状況調査は新学習指導要領の定着ぶりをみるのが目的で、昨年六月、全国にある国公私立の全小中学校約三万五千校が答えた。昭和三十三年に「道徳の時間」が特設されて以来、この調査は、公立校のみを対象とした同五十八年に次いで二度目。
 道徳の指導要領では、各学年ごとに十数項目以上の「指導項目」を設けており、調査では、このうち最も重点を置いている項目を五つ挙げるよう求めた。
 結果は別表の通りだが、「思いやり、親切」に重点を置いた学校は、小学校中学年で六三・七%を占めるなどかなりの割合にのぼり、最も低かった中学三年でも三分の一以上を占めている。
 「生命尊重」も小学校中学年で最高の五七・二%に上り、中三(三四・九%)を除く他の学年でも四割を超えている。
 このほか、「助け合い、友情」が小学校で四―六割、「節度ある生活」が中学校で三―八割の高率で、道徳教育が身近なテーマではかなり充実してきていることが明らかになった。
 対照的に、小学校中学年以上の指導項目となっている「国を愛する心」は、同学年で一・二%、同高学年で六・六%など、いずれも一割に満たない低率。小学校高学年以上の「国際理解」も、最も多かった中学三年で一八・四%にとどまるなど低水準を示している。
 一方、「道徳の時間」の標準授業時数を確保した学校は小学校五八・〇%、中学校二四・四%だけ。年間平均授業時数も小三十三・三時間(前回比〇・二時間増)、中二十九・三時間(同一時間減)にとどまり、時間が十分に取れない現実も浮き彫りとなった。
 調査結果について文部省の銭谷真美・小学校課長は「全体として充実が図られているが、国際理解などの項目は各校で配慮する余地がある」とコメント。
 日教組は「道徳教育の強化は(逆に)国際理解を妨げ、思想統制への引き金となる危険性がある」との委員長談話を発表した。
 
◆沢田美喜さん登場 歴史的人物は姿消す
 道徳の副読本に「混血孤児の母」と呼ばれた沢田美喜さんが登場したり、学校現場でボランティアなど体験学習の試みが広がるなど、道徳教育は大きく様変わりしている。
 「道徳の時間」が特設されて五年後に初めて文部省が作った小学校用副読本は、例えば六年生用では、聖徳太子の生涯を書いた物語を取り上げ、「国に対してどういう考えを持つのが良いか」を話し合うよう求めている。佐久間象山、太田道潅、ソクラテスなど、古代から戦前までの国内外の歴史的人物の紹介が、全七十二章の半分以上を占めた。
 ところが、平成三年以降に刊行された副読本では、これらの歴史的人物がすっかり姿を消した。七月に発行される「集団や社会とのかかわり」について考えさせる本には、沢田美喜さんが登場。沢田さんは、神奈川県大磯町に児童養護施設・エリザベスサンダースホームを創立、戦後の混乱期から約二千人の孤児を育てた在野の人物だ。
 この本では、昭和四十年に南米・ペルーに渡り、女子バレーボールチームの実力を世界のトップレベルに押し上げた加藤明さんも取り上げられている。
 埼玉県の越谷市立大沢小学校では、四年前から五年生が春秋の二回、近くの養護学校の児童と交流を続けている。「心の触れ合いを大切に」という道徳教育の一環。さらに「命の大切さ」を学ぶため、サケの稚魚を自宅で育てさせたり、「思いやりを育てるため」お年寄りとゲートボールをさせたりもしている。生徒の反応も上々だ。
 斉藤元子校長は「道徳は人間形成の根っこの部分。全教科をはじめ、あらゆる機会を通じて学ばせる必要がある」と話している。

 
 
 
 
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