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1988/12/26 読売新聞朝刊
教育この一年 改革実施へ法改正続出 現場教師は燃えず
 
 今年は「教育改革実施元年」といわれ、二十一世紀に向けてわが国が創造的で活力ある発展を続けるために、四次にわたる臨時教育審議会の答申を受けてさまざまな施策が具体化された。
 施策の中には予算措置や行政運営上の工夫・改善などによって推進されるものもあるが、柱となるのはやはり法律の改正を伴う。そのため政府は二月から三月にかけて六本の教育改革関連法案を国会に提出したが、日教組などの阻止闘争にもかかわらず、このうち次の四本が五月から十二月までに相次いで成立した。
 ▽国立学校設置法改正=大学入試センターの改組など。これによって国公立大の共通一次試験に代わる大学入試センター試験(新テスト)が、私立大も引き入れて六十五年度から始まる。
 ▽教育公務員特例法等改正=教員に対する初任者研修制度の創設。初任者研修は来年度の小学校段階から中学、高校へと順次本格的に実施される。
 ▽学校教育法改正=高校の定時制・通信制課程の修業年限を現行の四年以上から三年以上に短縮する。在学生から適用。
 ▽教育職員免許法等改正=大学院修士課程修了者を対象とする専修免許状を新設し、教員免許を現行の二種類から三種類に改めるなど。来年四月施行。
 残る地方教育行政法改正案(市町村教育長の専任化など)と臨時教育改革推進会議設置法案(教育改革の推進役として総理府に「ポスト臨教審」といわれる同会議設置)はなお今国会で審議中だ。
 法改正のほかにも政府は政令や省令の改正、行政指導、諮問機関の設置などで改革を進めた。例えば国際化の進展に対応して次のような措置をとった。
 ▽高校生が休・退学せずに海外留学できるように学校教育法施行規則を改め、四月から実施▽政府は「留学生等の交流推進に関する閣僚懇談会」を設置、九月の会合で竹下首相は、二十一世紀初頭に留学生十万人受け入れをめどに留学生問題を内閣の重要施策として推進することを明らかにする▽帰国子女が高校へ学年の途中でも編入学できるように制度化し、十一月から実施。
 文部省が一月、公立学校の修学旅行に関する四十三年の初中局長通知について、改めて「海外修学旅行を禁止しているものではない」との見解を示したのも国際化への対応といえる。このため三月、中国の列車事故で海外修学旅行中の高知の高校生らが多数死傷したにもかかわらず、円高の恩恵もあって高校生の海外修学旅行が伸びた。
 また生涯学習化や社会の情報化に対応して、▽文部省の機構改革で七月一日生涯学習局新設▽同七日には同省の「生涯学習関連施設のネットワーク形成に関する懇談会」が中間報告をまとめ、駅やスーパーなどに図書館、ギャラリーなどを整備する方策を提言▽九月、文相の私的諮問機関「生涯学習の振興に関する懇談会」が発足。生涯学習体系への移行に向けて家庭、学校、地域など社会における広範な学習の機会を総合的に整備するための具体策について研究協議を開始▽臨教審のインテリジェント・スクール構想を具体化するため、八月に「文教施設のインテリジェント化に関する調査研究協力者会議」スタートなどの措置がとられた。
 ほかにも、▽単位制高校を制度化。四月から岩手、石川、長野の三県で同高校発足▽同じ月、文部省は都道府県教委中等教育担当課長会議で、行き過ぎた校則について内容、運用の両面から見直しを進めるように指導▽学習指導要領の改定作業を進めてきた文部省は、これまでの幼・小・中学校部分の検討結果を関係者に説明する教育課程講習会を七、八月に開催。改定の要点は小・中学校を通じて道徳教育の充実、小学校低学年に生活科新設、中学校で選択履修幅の拡大など▽文部省の「高校教育の個性化等の推進に関する調査研究協力者会議」が七月発足。後期中等教育の多様化について検討開始▽教科用図書検定調査審議会の教科用図書検定調査分科会は九月の総括部会で、現行の三段階審査を簡略化するなどの教科書検定制度改善の骨子をまとめるなど、その施策は枚挙にいとまがない。
 これを受けて地方教委や民間などでも教育改革への活発な取り組みが行われた。臨教審答申が多彩だったために、「実施元年」にしては実にいろいろな手が打たれたことになるが、しかし個々にみると、大学入試センター試験の導入で大学入試はよくなるのか、教科書検定制度は総括部会案で果たして改善されるのかなど疑問も少なくない。
 そして何より気がかりなのは、こうした改革の動きに対して肝心の学校の先生がたの多くが、「一体、どこの世界のことやら」と冷めた目で眺めているという話を各地で耳にしたことである。
 高石前文部事務次官のリクルート疑惑のせいばかりではないらしい。根は深いようだが、一つ確かなことは、家庭の仕事も地域社会の仕事も何もかも学校に押しつける風潮の中で先生がたが日々の仕事に追われ、とても教育改革に取り組むゆとりがないということだ。しかも週休二日制が一般化しようとしているとき、教員だけはカヤの外。これではやる気も起こらない。
 先月発行された「燃えつき症候群」(土居健郎監修・金剛出版)によると、理想に燃えていた中学教員の間に、「仕事の量が多すぎる」など日常のイライラがもとで自己嫌悪や無力感に陥る“燃えつき症候群”が広がっているという。第一線の先生が燃えなくてはどんな改革も絵にかいたモチに等しい。この問題をどうするか。来年の緊急課題だろう。(編集委員・斎藤 康広)

 
 
 
 
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