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1988/07/28 読売新聞朝刊
[社説]新指導要領への期待と注文
 
 小、中学校の学習指導要領と幼稚園教育要領の「改善の要点」が、文部省から公表された。いずれも、昨年十二月の教育課程審議会答申の具体化を図ったものだが、その中身は、評価できる部分と、なお注文をつけたいものとが同居している。
 一読して、まず気づくのは、授業の進め方などについて、学校や教師の裁量の範囲を大きく広げていることだ。
 例えば現行では、授業の一単位時間は、全国一律に、小学校で四十五分、中学校は五十分と決められている。新指導要領はこれを弾力化し「指導上の工夫で教育効果を高める場合」は、学校、教師の裁量で伸ばしたり縮めたりすることができるようにしている。
 小学校での漢字教育、小、中学校を通じた音楽、図工・美術、体育などでも、学年ごとの指定枠が一部取り払われる。
 これらの措置は、今回の改定の柱にしている「個に応じた教育」を軌道に乗せようとする意図が込められたものと言えるだろう。
 「個性化教育と学校の裁量」は、小学校に新しく置かれる生活科、中学校での選択科目の拡大にも見ることができる。
 いずれの試みもこれまでの学校教育を大きく変える要素を持ってはいる。だが、これらを根づかせるには、条件がある。教師の意識の変革と、行政の後押しである。
 これまでの学校は、子どもに何をどう教えるかを軸にしてきた。そうした「教師の視点」は、子どもに何をどう学び取らせるか、に切り替えてもらわなければならない。
 そうした発想に立った授業が行われて初めて、指導要領の強調する「自ら学ぶ意欲」が子どもに生まれ、ひいては、生涯学習の基礎を培うことにつながると考える。
 行政の支援も欠かせない。指導要領でせっかく選択を増やしても、教師の適正な配置が伴わなければ、たちまち、生徒にとって選択の幅のないものになってしまう。生活科にしても、例えば複数の教師が担当するチーム・ティーチングなどの試みが封じこまれてしまうだろう。
 こうした弾力化の一方で、小中学校で学ぶ内容がますます増大化、高度化しているように見えるのが気がかりだ。これが改善の要点から気づかされる第二の点である。
 「基礎・基本の重視」や「国際化や情報化など社会の変化に対応」することの大切さは十分すぎるほどわかる。国際的知識とか日本文化への理解は必要だし、英会話や情報処理能力も欠かせない時代になっている。
 だが、あれも必要、これも大切というばかりでは、子どもたちが消化不良を起こす心配がある。「ゆとりの教育」の否定につながる可能性もある。十一月に予定されている最終案に向け、他のすべての教科も含めた総合的な精選がなお必要と考える。
 ところで、今回の改定は、すべての学校を通じて、道徳教育の充実を前面に打ち出している。社会性や耐える力に欠けるなど現代の子どもに問題があるのは事実だし、その意味で道徳教育は重要な課題だ。
 しかし、「豊かな体験を通して児童・生徒の内面に根ざした道徳性を養う」という目標がどう具体化されていくのかは、まだ不透明なままだ。これもまた、最終案までの宿題として残っている。

 
 
 
 
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