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1987/06/22 読売新聞朝刊
[社説]秋季入学への移行を考えよう
 
 臨時教育審議会が「学校教育の秋季入学制移行」を将来の方向として打ち出した。同審議会の「入学時期に関する委員会」(中山素平委員長)がまとめた原案が、十七日の総会で、大筋の了承を得たもので、八月の最終答申に盛り込まれる。
 このテーマについての世論は、はっきり言って、かなり冷淡だ。「これといってパンチのない答申に何とか目玉を作るため」といった悪口も聞こえてくる。
 しかし、臨教審はそれを知りつつ、あえて「秋」への方向性を示すことにした。実現すれば、臨教審の数々の提言の中で、社会的に最も影響の大きいものとなろう。
 今回のような「平時の改革」では、なかなか思い切った手は打ちにくい。また教育の改革は余りに急進的であってはならないという面もある。そうした事情を踏まえたうえで、「秋季入学への移行」という大きなテーマの提言に取り組む積極的な姿勢を評価したい。
 臨教審が上げている「秋季入学制移行」のメリットは、次のようなものだ。
 (1)暑い夏休みを学年末とするのは、子供の学習、成長のリズムや学校のサイクルからみて自然、合理的だ。学校運営上も、校長、教員が十分時間をかけて新年度の準備ができる(2)学年の秋季開始は世界の大勢(3)生涯学習体系への移行には、肥大化した学校教育の役割を見直し、家庭や地域の教育力を高める必要がある。そのためには、夏休みの意義と役割を重視すべきだ。子供が学校の指導を離れ、地域社会の人間的交流や自然とのふれあいを深めるよう夏休みのあり方を変える必要がある。秋季入学への移行は、それを促進する重要な契機となる。
 このほかにも、入試が厳寒期でなくなる、時間をかけ、ていねいな選抜ができるなどの利点もあろう。
 これらの中でも(3)には特に注目したい。学校教育に依存し過ぎている現状に揺さぶりをかけることにつながると思うからだ。
 これまでの臨教審の審議でも、このテーマには、直接的なメリットだけでなく「幅広い教育改革へのインセンティブとしての期待もかけられる」という指摘もあった。
 「秋への移行」はひとり学校だけでなく、社会全般に影響するから「わが国教育のあり方について広く国民が自分自身の問題として考えることにつながるのではないか」という意識変革への期待も込められている。支持できる考え方だと思う。
 ただし、これだけ大きいテーマなのに、国民一般の関心は極めて薄い。
 今春の読売新聞の世論調査によれば、「九月入学」の論議そのものに関心を示した人はわずか三七%。現行の四月入学制を支持する人は六八%に上っていた。
 四月派の論拠は、会計年度とのずれ、夏休みの放任による非行の心配、経費のかかることなどだが、最も大きいのは「入学時期は桜の咲くころがよい」という明治以来の伝統に従った感情的な意識によるところが多いように思われる。
 臨教審が提言を貫くためには、まず、このテーマにもっと関心を集め、メリットの周知に努めなければなるまい。

 
 
 
 
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