1999/09/14 毎日新聞朝刊
熱血教師、無力を痛感 ベテランの独断に警鐘――小学校「学級崩壊」中間報告
「熱心な教師」や「ベテラン教師」が、疲れ果てて休職や退職に追い込まれていく。13日、国立教育研究所がまとめた学級崩壊の中間報告書には、子供の前で理想が崩れ、自分の無力さを痛感させられた小学校教師の実例が記されている。報告書は「多様な子供が集まる学級では、さまざまな葛藤(かっとう)や摩擦が生じるのは自然な成り行き」と教師に同情を寄せながらも、「特定の学年の担任にしかなりたがらない」教師や「授業に新鮮味のない」教師に、厳しい視線を向けている。【宮澤勲】
「特定の学年だけを専門に受け持つような校内人事を進める小学校が少なからずある」「高学年を希望する教師は少ない」。報告書は学年間の交流の停滞の現状を強く示した。そのうえで「一部の学年にしか通用しない力量ばかりを高めることになり、子供の実態に合わせて柔軟に発想していく姿勢が乏しくなる」として見直しを求めている。
「魅力ある教育活動を展開する教師がいる半面、マンネリ化した授業からなかなか脱却できないでいる教師も少なくない」ケースについても、多くをさいて指摘する。教師にはそれぞれ得意な授業方法があるが、それがいつも有効とは限らない。「これまで、この方法でうまくいっていたのだから、うまくいかないのは児童が悪い」といった教師の独断に警鐘を鳴らした。
学級運営の改善の一つの方策として、しばしば学級定数の削減が叫ばれる。しかし、報告書は児童数を少なくすることが解決策になることには懐疑的だ。40歳代の女性教諭が、わずか5人の新1年生クラスの対応につまずき、「なぜ、こんなこともできないのか」と叱責(しっせき)するばかりで結局1年でほかの学校に転出していった事例を紹介し、「1学級の児童を少なくしさえすればうまく機能するとは必ずしもいえない」とした。
文部省は2000年度から学級崩壊対策として教師OBら「ベテラン」を非常勤講師として採用し、問題のある学校に派遣する。しかし、報告書は「過去の経験や手法が必ずしも通用しない」と明記しており、同省は見直しを迫られそうだ。
調査の中心となった国立教育研究所の小松郁夫・学校経営研究室長は「一見、落ち着いているような学級が、うまくいっているとは限らない。教師による締め付けの結果で、担任が代わると爆発することもある。表面的な見方は危険であり、複雑な要素が絡んでいるから特効薬などはない。ベテランの先生よりむしろ若い人のほうが、今の子供の変化や気持ちに対応できるのでないか」と話している。
◇全国の崩壊状況、今後も集計せず−−文部省
日本の公立小学校は約2万4000校、学級数は計27万に上る。最近になって「学級崩壊」という言葉が使われるようになったが、現在、全国でどれだけの学級が崩壊状態なのかを把握したデータはない。今回の中間報告は102学級について分析したが、実際には「学級崩壊」の定義すら定まっていない。
文部省は「表面的に静かでも、教師のことを無視するなど問題を抱えている学級は多い。数字を集計しても意味がない」との理由で、今後も全国的な数量による把握は考えていないと説明している。
◇中間報告書を読んで−−「プロ教師の会」・河上亮一氏
◇一つの結論に逃げ込まず、問題のとらえ方が多面的
文部省の委託研究など、現場の教師にとっては絵空事ばかりで、これまで本気で読んだことなどなかった。しかし、この報告書は違った。
一つ一つの事例の分析については、首をかしげるものもないわけではないが、現実を冷静に見て、そこから考えようという姿勢があり、問題のとらえ方が多面的で、すぐに一つの結論に逃げ込もうとしない点は驚きであった。「学級崩壊」に直面し、無我夢中で奮闘している教師にとっては、状況認識とその背景を考える重要な資料になるだろう。特に「学級崩壊」現象が学校だけの問題ではなく、社会の大きな変化の中、「複雑」な要因が絡みあって起こっている現象であり、「安易に問題解決のための特効薬を求めるのは間違いである」という指摘は重要である。
私が一番びっくりしたのは、「同じような対策が逆に問題をこじらせたり、火に油を注ぐことにもなる」という指摘だ。これは実践を経験した者でなければ、とても言えないことである。単純に「学級定員を減らせばいい」と唱える人たちに、ぜひとも読んでほしい。
「伝統的な学校教育の仕組みや方法などが、社会の要求や変化に適応できなくなっている」という認識は文部省も報告書も一致しているようだ。しかし、現実から出発した報告書と、自由化・個性化を中心とした文部省の教育改革は、明らかに逆方向を向いている。「学級崩壊」は社会の変化の中、起こるべくして起こっていることではあるが、教育改革がそれを加速していることは確かだろう。文部省がこの報告書にどう反応するか興味深いところだ。(寄稿)
◇かわかみ・りょういち
埼玉県川越市立城南中学校教諭。「プロ教師の会」を主宰し、現場から、教師のあり方について積極的に発言している。「プロ教師の道」などの著書があり、学校現場の実態を報告した「学校崩壊」は大きな反響を呼んでいる。
◇国立教育研究所が調査した小学校の学級崩壊例◇
◆ケース1
学校と家庭の対話や信頼関係の欠落(新興住宅地の学校。6割が国立・私立中に進学する。親も教育熱心で教師の指導ぶりを厳しく批判しがちだ。5年担任の40代の男性教諭)
1学期から授業中の私語がひどくなったが、特別な対応はしなかった。保護者から「もっと厳しく指導を」「授業が遅れる」との意見が続出。2学期には児童が授業中に歩き回るなど担任の言うことを全く聞かなくなり、おとなしい子を標的にいじめも発生。正義感の強い子供も教諭に幻滅した。保護者からは「担任を代えろ」という声が続き、3学期に教諭は休職、教頭が後を継いだ。
◆ケース2
校長のリーダーシップや校内の連携協力の不足(高学年受け持ちの希望者が少ない中、転勤してきた40代の女性教諭が5年の担任に。前任校で子供と関係をこじらせたことがあったが、校長は知らなかった)
教諭は規則を重視。4月は子供も様子をうかがっていたが、次第に反発した。1学期の終わりには、ほとんどの子供は着席せず、周りの教師も「おかしい」とは感じたが、何も言わなかった。11月に相談に乗ったほかの2教諭が教室に姿を見せるようになったが、既に収拾困難で子供たちは冷ややかな表情。50代の男性教諭が代わって担任となったが、疲れ果て病気休職した。
◆ケース3
授業の内容や方法への不満(文学作品の読み聞かせや作文指導に力を入れ「熱心な国語教師」を自負する40代の女性教諭)
高学年より指導しやすいのでは、と3年の担任に。しかし指示を聞かない子が多く、授業中に一人がトイレに行けば大勢でついて行く。声をからしてしかっても効果はない。正直に生きることの大切さなど得意の物語で説いたが、子供には全く通じず、ほかの学級と比較して「このクラスはおもしろくない」と非難される始末。物語の読み聞かせを続けたが、変化の兆しはない。
◆ケース4
荒れる子への追随(4年までは比較的落ち着いた学年だったが、5年でA君が転校してきた。40代の女性教諭は「きっちりした先生」だった)
A君は教諭への暴言に加え、物を投げたりする。算数を嫌だと思うようになったほかの子供たちが、「Aについていけば授業を受けなくてすむ」と行動をまね始め、授業中に終始3、4人が飛び回る。3学期に入り、教諭は限界を感じて担任を降りた。
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