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1999/08/10 毎日新聞朝刊
[社説]日の丸・君が代 内心の自由の保障を――斉唱を「踏み絵」にするな
 
 国旗・国歌法が9日、参院本会議で自民、自由、公明3党などの賛成多数で可決、成立した。
 国会で審議入りして以来、衆参両院での審議は、地方・中央公聴会を含めて計16日間というスピードぶりだった。
 各種世論調査を見ると、日の丸・君が代の法制化についての国民意識は二分したままだ。それどころか、法案が国会に提出されて以降、君が代を中心に「急いで法制化する必要はない」という慎重もしくは反対意見が急増したほどだ。
 中でも君が代に対する違和感は強く、小渕恵三首相が「君が代の『君』は象徴天皇を指す」などとの新見解を示して以降、その傾向が強まった。国民レベルでいえば、論議は始まったばかり、と言ってよかった。
 にもかかわらず国会は、どうしてこうも拙速にことを運んでしまったのだろうか。
 政府・自民党には、今年11月の天皇在位10周年記念式典に間に合わせるために、延長国会とはいえ処理を急ぐ必要があったとの指摘がある。首相らの公式参拝実現のための靖国神社の特殊法人化構想も、それに連動したものとの見方もある。
 政府からすれば、国会は完全に与党ペースである。「20世紀中に起きたことは今世紀中にカタをつける」(野中広務官房長官)絶好のチャンスと見たのだろう。
 野党の民主党も、自自公路線に抵抗できるほど一枚岩ではなかった。内部に日の丸・君が代容認派を抱え、さらには「政権をとった時のことを考えれば、反対はできない」という目先の判断が優先された。
 法制化を急いだ理由について小渕首相は「よくよく考えた結果、21世紀を迎えることを一つの契機と考えた」と繰り返し、それ以上の明確な理由は示さなかった。
 日の丸・君が代の法制化は、国の安全にかかわる日米防衛指針(ガイドライン)関連法などとは次元の違う問題だ。むしろ時間をかけていくべきテーマだった。
 
◇性急に過ぎた国会審議
 その点からすれば、国会は国民的コンセンサスを得るために手順を尽くすべきだったのに拙速に進めてしまった。内心は法制化に疑問を持ちながらも、多くの国会議員が大勢に流された結果といっていいだろう。
 国会の意思と国民世論の間に残ったこのギャップに私たちは懸念を持たざるを得ない。そのことが今後、日の丸・君が代への対応に関して教育現場だけでなく、一般社会にも混乱をもたらすのではないか、そんな不安がよぎる。
 日の丸・君が代の法制化について私たちは、日の丸の国旗化は当然だとしても、君が代の国歌化には無理があり先送りすべきだと主張してきた。日の丸と君が代の、いわば「分離処理」である。それが、現在の国民世論に一番、沿っていると考えたからだ。
 事実、日の丸は、船舶などへの掲揚を通じ、国旗としてすでに世界的に認められている。しかし、君が代については、その歴史的経緯や歌詞の意味などから、主権在民の精神に合わないと考えるからである。
 案の定、国会での審議も8、9割は君が代法制化の是非に集中した。しかし、政府からは十分に納得できる説明はなかった。残念な事態といわざるを得ない。
 国旗・国歌法の成立に際して政府に注文しておきたい。
 その第一は、掲揚や斉唱を強制しないということだ。学校で君が代を歌いたくないという児童・生徒がいたとしても、それは思想・信条の自由、内心の自由にかかわるものだ。歌うように強制することは許されるものではない。
 
◇息苦しい社会にならないか
 一般社会でも同様である。今年6月、秋田市の中学校総合体育大会の開会式で、日の丸掲揚、君が代斉唱時に起立しなかった保護者に対し、体育協会会長が退場を求めるという事件があった。
 こんなことが続発すれば、社会全体が息苦しくなってしまう。歌うか歌わないかが「踏み絵」になるようなことがあってはならない。
 第二は、教職員の指導のあり方についてだ。
 政府は「教職員が国旗・国歌の教育指導を行うことは教職員の責務であり、従わない場合は、地方公務員法に基づき懲戒処分を行うことができる」と答弁した。
 こうした処分は、以前から行われており、1990年代初めには、日の丸・君が代に反対して処分された教職員は200人を超えていた。その後、日教組がこの問題を棚上げし実力による阻止闘争をやめたこともあり、その数は激減し、全体として落ち着いていた。法成立によって新たな混乱が起きるようなことは避けねばならない。
 第三は、日の丸・君が代の歴史的経緯や意味などに関して「負の部分」も含めて正しく教えることだ。国会で野中長官は「日の丸や君が代は戦前の一時期ゆがめられて使われた事実をきちんと教えるべきだ」と述べた。本来なら法制化の前にそうすべきだった。
 国旗や国歌は、国民間の連帯感を作り出し、国家への帰属意識にかかわるものである。
 その視点を含め21世紀に通用する国旗・国歌論が国会で展開されたかといえば「ノー」である。その意味からも国旗・国歌に関する論争はまだ終わっていない。


 
 
 
 
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