日本財団 図書館


1997/12/20 毎日新聞朝刊
97年・揺れた教育界/上 「ゆとり」求めて――「平等」から「個性重視」へ
 
 1947年に戦後の教育体制がスタートしてから半世紀。97年は、年頭に「教育改革」が橋本内閣の6大改革の一つに掲げられ、公立校の中高一貫教育や「飛び入学」、完全学校週5日制(2003年度実施予定)の下での授業時間削減などが続々と提起された。「規制緩和」をキーワードに、平等主義を基調とした日本の教育システムの転換が迫られる一方、神戸市須磨区の小学生連続殺傷事件に教育界は激しく揺れた。この1年を2回に分けて振り返る。【城島徹】
 
◇改革の年
 1月13日朝刊に掲載した毎日新聞の「教育問題」全国世論調査の結果では、教育改革を「必要」とする人が86%に上った。76%の人が現在の学制(6・3・3制)について「いまのままでよい」と回答したが、このうち60%は公立の中高一貫教育に賛成した。
 文部省は1月24日、完全学校週5日制の2003年度実施などを骨子とした教育改革プログラムをまとめた。中央教育審議会、教育課程審議会、教育職員養成審議会、大学審議会など、年内に答申、報告が予想される「重量級」審議会の審議内容を紹介。学校の制度改革の方向性を示し、「何十年に一度の教育改革の年」を象徴するプログラムとなった。
 
◇試験混乱
 新教育課程に対応する初年度の大学入試センター試験(1月18、19日)が行われたが、数学で浪人生向けの旧課程科目「旧数学2」の平均点が現役生向け新課程科目「数学2・数学B」より約22点低くなり、浪人生や予備校などが「公平さを欠く」と反発。同センターには試験後、新旧科目間の得点調整を求める苦情の電話が相次いだ。
 同センターは2月5日の採点結果発表の際、「浪人生の不利」を認め、文部省は2次試験で2段階選抜(一定の倍率で切る門前払い)を予定している大学に原則中止を求める異例の通知を出した。
 結局、今年度は得点調整を行わなかったが、これを教訓に98年度(来年1月)のセンター試験では、数学、理科など4教科の科目間で難易度の差によって平均点で原則20点以上の格差が生じた場合、得点調整を行うことになった。
 
◇脱画一化
 第16期中央教育審議会が6月26日、第2次答申を公表。公立校の中高一貫教育の導入、17歳での大学への「飛び入学」などが柱で、画一的な平等主義から個々の能力や適性に応じた学校制度の複線化を打ち出した。「一律と同質」を最重視してきた戦後教育システムの転換を目指し、21世紀初頭の公教育の大枠を素描したものだった。
 6年間の「ゆとり」ある中高一貫教育への期待の背景には、いじめや不登校が増加し、硬直化した学校制度への不信感がある。導入するかどうかは、地方自治体に判断がゆだねられたが、人気が高まれば中高一貫校でも何らかの選抜が必要になる。このため、受験競争の低年齢化や受験エリート校化するとの懸念もある。
 大学入学年齢の緩和は数学、物理の分野で特に優秀な才能を持つ生徒で「17歳以上(高校2年修了)」を対象とした。千葉大工学部が来年度入学者から受け入れを決めたが、日本数学会などが反対しており、どこまで拡大するかは未知数だ。
 一方、大学入試改革では評価の多元化や選考方法の多様化を提起。従来の路線をさらに推進しようというもので、時間と人をかけて受験者の人物評価を行う専門機関「アドミッション・オフィス(AO)」の整備が提案されている。
 
◇協定廃止
 大学と企業による就職協定が24年ぶりに廃止され、就職・採用活動が自由化された。「守られない協定など意味がない」と昨秋、廃止の意向を表明した企業側に対し、大学側は「学事日程の混乱回避」を理由に存続を主張したが、結局、押し切られた。その結果、例年より採用活動を早める企業が出て、大学側も就職説明会を前倒しして行うなど混乱。全国の大学などを対象に行ったアンケートでは、就職活動の開始時期が例年より「早まった」が8割、学事日程に「支障が生じた」が5割に上った。「支障」の中身では「授業への出席が悪くなった」とする大学が半数近くに上った。
 
◇透明な存在
 神戸市の小学生連続殺傷事件の容疑者として中学3年男子生徒が逮捕された6月28日夜、小杉隆文相(当時)は「ここまできたか」と驚きの声を上げた。直ちに文部省内にプロジェクトチームを設置し、担当課長を現地に派遣した。手口の残忍さや、容疑者が犯行声明文で「学校、義務教育への恨み」を強調していたことは教育界に衝撃を与えた。犯行声明文に多用された「透明な存在」という言葉は、自分を確かな存在として確認できない現代の子供たちを象徴するものと受け取られた。文相は8月4日、中教審に幼児期からの「心の教育」について諮問。現在、同審議会で少年非行への対応や家庭での育児やしつけ、情報化の影響などをテーマに議論が行われている。


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION