1992/11/15 毎日新聞朝刊
[社説]教育 偏差値入試をやめる好機だ
私立高校が推薦入学選考にあたって業者テストの偏差値を利用していることについて、鳩山文相は十三日の記者会見で「教育の常識では、あってはならないことだ」と厳しく非難した。
これは、埼玉県教委が先月、「二学期の業者テストの偏差値データを私立高校に提供しないように」と公立中学校を指導したことに対し、私立学校側が強く反発している問題に触れて述べたものだった。
この埼玉県教委の指導と文相発言を支持したい。これを機会に、全国的に偏差値入試をやめる取り組みを強めるべきだと思う。
統計学で使われている偏差値を高校受験に利用しはじめたのは、三十年近く前からだった。
テスト業者が模擬試験の成績を偏差値で示すことで、合格可能な高校が事前にほぼ予測できるため、受験生も中学教師も、これに頼るようになった。
私立高校側も「単願・併願」という名の“青田買い”的な推薦入学選考で「内申書よりも客観的」として利用するようになった。「偏差値六〇以上の生徒を推薦してほしい」などと中学側に申し入れるのだ。
しかし、こうした「偏差値頼み」には、かねてから問題点が指摘されてきた。
偏差値というのは、平均値を基準に集団の中での位置を示すもので、その生徒が身につけた学力を表しているわけではない。
にもかかわらず、偏差値の高低で高校がランクづけされ、生徒の人間的評価までされているのが現状だ。
さらに、偏差値で「入れる高校」に入学しても、校風に合わないと、中退の原因にもなる。
業者テストを受ける日が地区によって異なることがあり、問題が他地区の生徒に流れる話もよく聞く。だから、決して「客観的資料」とも言えないのだ。
こうしたことから文部省は、かねてから偏差値偏重の高校選択を改めるよう指導してきたところだ。
また文部省の高校教育改革推進会議も八月の報告書で「一部の私立高校で業者テストを参考に、かなり早期に入学予定者を事実上、確保しているのは中学教育に悪影響を及ぼす」と弊害を指摘している。
「建学の精神」のもと、個性的な教育をしているはずの私立高校が、業者テストの偏差値を選考資料にするのは、なさけない話ではないか。
「わが校は英語教育に力を入れているから、英語の好きな生徒を入学させたい」などと、自校の教育方針に沿った選考方法があってしかるべきだろう。
今回の埼玉県教委の指導が私立高校の反発を招き、受験側を不安にさせたのは、推薦入学選考を近くに控えてのことだったこともある。
したがって、混乱を避けるため、今年は私立高校の自由にさせ、来年度から業者テストに頼らぬ新方式を実施するのがよいのではないか。
新方式の一つの案として、埼玉県公立中学校長会が考えた「統一資料」がある。通知表の評価点と校内テストの順位、生徒会や部活動の記録などを志望校に提出する方法だ。
中学校によっては、校内実力テストと内申書で進路指導をしているところもある。
こうした実践例などを参考に、国公私立の受験で偏差値に頼らない新しい方法を検討してほしいものだ。
一方で文部省は、テスト業者に偏差値を出さないよう要望すべきだ。
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