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2002/03/04 産経新聞東京朝刊
【一筆多論】今に通ずる松本烝治の提起 論説委員 中静敬一郎
 
 戦後のいわゆる進歩的潮流から白眼視された一人に、日本人の手になる憲法改正草案をまとめた松本烝治(じようじ)氏(昭和二十九年、七十六歳で没)がいる。憲法担当国務相であった松本氏は昭和二十一年二月、憲法改正要綱(松本案)と説明文書を連合国軍総司令部(GHQ)に提出するが、GHQは拒絶し、日本国憲法となるマッカーサー・ノートに基づく総司令部案を交付した経緯は知られている。
 松本氏は、マッカーサー回顧録で「極端な反動家」とされただけでなく、田中英夫東大教授からも「松本案の極端の保守性」(『憲法制定過程覚書』)と切り捨てられてしまった。だが、実は、松本氏が当時、提起した二つの問題は、いまもなお通用する。ひとつは、独立国としての軍隊のありようであり、もうひとつは国連の集団安全保障にいかに協力するか、である。  二十一年二月二日、憲法問題調査委員会(松本委員会)総会では、軍の規定をめぐり激しい論争が行われた。松本氏は、連合軍撤退後に「必要最小限度の国防力」を創設する必要があるとし、天皇の統帥大権を削り、議会が関与する「民主的な軍」とする考えを説明した。これに対し、複数の閣僚から「警備隊のようなものがつくられるとすれば、軍ではない。だから憲法で決めなくてもいい」などと、軍の規定の削除を求める意見が相次いだ。幣原喜重郎首相も「連合国は、軍の規定を憲法に置くことに必ず面倒なことを言うに決まっている」と、慎重論だった。
 しかし、松本氏はこう反論した。「警備隊ならば軍ではないというが、実質は軍に違いない。独立国たる以上、軍がないということは考えられない。国際連合に加入するには、軍がなければならぬ。それに加入しえない国家になれというのなら、それは別だ。軍なき国というものは実際にない。列国に伍(ご)すること能(あた)わずということを自ら進んでやることはどうしてもできない」
 この松本氏の思いは、GHQに提出した説明書「憲法中陸海軍に関する規定の変更に付いて」に以下のように凝縮された。「日本国が連合軍の占領終了後において、軍を再配置することを連合国より認められる時期に到達しても、恐らくは極めて小仕掛けなる内地の平和秩序の保持のため、必要なる範囲の軍備を許されるに過ぎない」「日本国が他日、国際連合に加入を許されることあれば、その規約に従って義務を履行するためにも、軍を再置する必要があることを考慮してほしい」
 規約とは、国連憲章第四三条(特別協定)で、「すべての加盟国」は、安保理の要請に基づき、かつ、特別協定に従って、「国際の平和および安全の維持に必要な兵力、援助、便益を安保理に利用させることを約束する」とうたっている。いまだ、正式な国連軍は創設されず、特別協定は結ばれていないものの、戦後日本の安全保障の最大のテーマが、その時から、国連の集団安全保障への協力であったことがわかる。
 小泉純一郎首相は二月四日の施政方針演説で「第二次大戦の国土の荒廃に屈することなく、祖国再建に立ち上がった先人たちの献身的努力に思いを致す」と語った。国の主権と独立の証でもある軍設置に心を砕いた松本氏の思いは、弊履(へいり)のごとく扱われ、その結果として、現行憲法が存在していることをもっと見据えてよいのだろう。
 同時に、国際社会の平和と安全を守るための共同行動に、持てる力を出し切って参加することを松本氏は言いたかった、と思えてならない。


 
 
 
 
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