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1999/09/16 産経新聞東京朝刊
自民総裁選・民主代表選 政策のねじれ浮き彫りに 4氏が改憲論議に積極的
 
 同時並行で進められている自民党と民主党の二つの党首選挙は、国会での論戦では十分に表れない与野党にまたがる政策の“ねじれ”を浮き彫りにしている。両党首選に立候補している六候補者と自民党総裁選後に発足する新たな連立のカギを握る自由党の小沢一郎党首、公明党の神崎武法代表について、憲法改正に対する見解、経済・財政政策への基本姿勢という大きな二つの政策軸について分析を試みた。ねじれは早ければ次期衆院選後にも始まる「政界再編の最終局面」にも影響を及ぼしそうだ。
 
《憲法改正》
◆小沢氏も試案を発表
 自民党総裁選で、憲法改正を政策の主眼としているのは山崎拓前政調会長。「二十一世紀を迎えるにあたり、国の基本法を作り直す」という時代認識に立ち、九条についても個別的自衛権の保持をより鮮明にし、集団的自衛権の行使が可能であることを明記するよう主張する。
 加藤紘一前幹事長も「国内外の状況が必要とすれば改正すればよい」としているが、九条改正については(1)国連常設軍の設置(2)米国が日米安保の片務性解消を求めた場合(3)アジア太平洋諸国が集団安全保障機構の設置で合意した場合−という前提条件付きで、盟友の山崎氏からも「いずれも現実的でない」と批判された。
 小渕恵三首相は加藤、山崎両氏の後を追うように、九条改正論議をタブー視せずに「正々堂々と国権の最高機関で熱心に協議する」必要性を指摘。国際貢献など「制定時に想定されなかった新しい問題」への取り組みを求めた。ただ、九九条で憲法の尊重・擁護が求められているだけに限界もあり、九条についても「平和主義の理念を具体化するものだ」としている。
 民主党代表選では、鳩山由紀夫幹事長代理が「政治家にとって一番の課題」と改正論議の必要性を強調。九条について自衛隊が軍隊であることと海外派兵や徴兵制を実施しないことの明記を求め、首相公選制導入にも「制度として(天皇制と)矛盾するものは含まれない」と前向きだ。鳩山氏は小沢氏がさきに月刊誌上で発表した「日本国憲法改正試案」を「国権主義的」と批判、「解釈改憲に歯止めをかける」としているが、「違いがよく分からない」との批判もある。
 一方、横路孝弘総務会長は「前文と九条は日本が掲げた大きな目標だ」と“護憲”を訴える。「知る権利」や環境権など新たな権利の明記には前向きだが、「国民生活のうえで支障になっている条項はない」と当面の政治課題と位置付けてはいない。菅直人代表は「一字一句変えてはいけないものではない」としながらも、「戦争の放棄は重要な理念で尊重しなければならない」と改憲には消極姿勢だ。
 小沢一郎自由党党首は憲法を「国民生活をより幸せに維持するための最高のルール」と位置付け、九条に関しては、自衛権を認める立場を鮮明にするため、「第三国の武力攻撃に対する自衛権の行使とそのための戦力の保持」を追加するよう主張、兵力提供を含むあらゆる手段で世界平和に積極的に貢献する「国際協調」の趣旨を盛り込んだ条文の創設を提唱する。
 また、神崎武法公明党代表は基本的人権の尊重・国民主権・平和主義の三原則堅持を基本姿勢とし、小渕政権では憲法改正に踏み込まないことを明言するよう主張。「論憲」の期間についても「五年程度」とする鳩山氏に対し「十年程度の時間をかけて」と、慎重な構えだ。
 
《財政政策》
◆積極財政派
 小渕氏ら4氏/財政再建派 加藤氏ら2氏 
 自民党の三氏のうち、財政再建の必要性を最も主張するのは加藤氏。「減税の効果がないことは地域振興券や所得減税で分かった。回り道でもカンフル注射ではなく本質的な日本経済の構造改革に取り組まなくてはならない」と小渕内閣の景気対策を批判。第二次補正予算についても「国債発行額、償還との関係で長期金利を上げないための綱渡りが必要」と大規模補正への動きをけん制する。
 これに対し、山崎氏は地域振興券や減税の効果は否定しながらも「景気のけん引がまだ足りない。ここは財政出動について抑制すべきではない」と、公共事業重視姿勢を変える必要はないとの立場で、政府や小渕首相の目標を上回る三%成長を掲げる。
 就任当初から「経済再生」を使命としてきた小渕首相は経済を安定成長軌道に乗せることを主張している。告示日に公表された四−六月期の国内総生産(GDP)が前期比プラス〇・二%だったことに意を強くしており、「財政再建路線への転換は財政状況が改善される時点を十分見極めた後に行う」と、景気の本格的な回復を最優先する姿勢を鮮明にしている。
 一方、民主党では鳩山氏が「財政規律をしっかり求めていくときを迎えている。ばらまき的な財政出動を認めてはいけない」と財政健全化を訴え、「急にブレーキを踏むべきではない」(菅氏)、「今の状況の中ではある程度の財政出動は必要」(横路氏)とする他の二人と一線を画す。「(菅、横路両氏の主張では)経済路線で自自公に対抗できない」と訴えるが、財政再建への具体的な道筋は必ずしも明確ではない。
 菅、横路両氏は従来の公共事業重視の予算編成から、構造改革につながる産業育成や福祉社会の基盤整備に予算を振り向けるよう求めており、菅氏は「財政構造改革が最終的に財政再建にもつながっていく。自自公のように今さえ良ければ後はどうでもよいという姿勢はとらないという意味では(三人とも)共通している」と述べている。
 小沢氏の経済政策を座標軸のどこに置くかは難しいところ。最近も「経済人も“お上”に頼らず自己責任でやるべきだ」と構造改革や規制緩和の重要性を指摘し、加藤氏が「自分と同じ」と気にするように「小さな政府」を志向している側面はある。ただ、旧新進党が消費税凍結などを打ち出していたことや、「経済が上向いてきたみたいな声があるが、私はそうは思わない」という発言からは、財政出動の必要性を引き続き認める姿勢がうかがえる。
 一方、神崎氏は「小さくて効率的な政府」を掲げる。ただ、平成十二年度までは「緊急期間」として、積極的な景気刺激策を進めるよう主張。財政健全化については十八年度(二〇〇六年度)以降の課題としており、現時点では財政出動に積極的といえそうだ。
 
《座標軸》
◆政界再編に影響も
 憲法改正と経済政策という二つの座標軸で八氏の主張を比較した限りでは、自民、民主ともに三候補者の考え方にかなりの開きがあり、とくに民主党の鳩山氏と菅、横路両氏の距離は大きい。また、新たな連立を発足させようとしている自自公三党党首の政策的位置にもかなりの距離があり、「組む」予定は当面ないものの、小沢氏と山崎氏、神崎氏と横路氏がそれぞれ比較的近いことが浮き彫りとなった。また、これまで「リベラル」という言葉で距離の近さが指摘されてきた加藤氏と鳩山、菅両氏の間に政策的な距離が存在することもうかがえる。(1)改憲論議の土俵に立とうという政治家が、これに消極的な政治家よりも多かった(2)財政再建路線に立つ政治家は少数である−ことも指摘できそうだ。
 政策を争うために、当事者が“違い”をアピールしている面もあり、現実に政権運営、党運営をゆだねられた場合に、自らの主張をそのまま実現しようとするとはかぎらない。加えて政界再編は憲法や財政政策だけではなく多くの要素が絡む問題だ。ただ、こうしたねじれの解消が再編の一つの“目標”となる可能性が否定できないのも事実で、両党首選後の各氏の行動からは目が離せそうにない。


 
 
 
 
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