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1999/08/15 産経新聞東京朝刊
【主張】終戦記念日 巨大な潮流の変化が起きた 日本の再生に新たな構想力を
 
 変化はそれが始まったとき、だれにでもすぐ認識できるというものではない。
 変化の兆しを察知するのがいかに困難であるかは、戦後最長最悪といわれる不況から脱出しつつあるのかどうかの判断一つとっても知れよう。あるいは今月十日、北朝鮮が出した異例の政府声明の中にある「日本が過去の清算を通じた善隣関係の樹立の方向へと進むなら、それに喜んで応じる」という文言が北の対日政策の変更を示唆しているのかどうか、その見極めも容易ではない。
 しかし、変化は長い時間をかけて観察すれば、だれの目にも明らかになることが多い。
 
◆不自然な姿は永続しない
 きょう日本は昭和二十年の八月十五日から数えて五十四回目の終戦記念日を迎えた。ことしほど国のありようをめぐる論議がかまびすしかった年もあまりないだろう。そして戦後思想の主流をなしてきた潮流にどうやら明確な変化が生じたという認識を、濃淡の差こそあれ、だれもが抱いたのではないだろうか。とすれば、日本は一九〇〇年代最後の年に、ようやく「戦後」へ本格的な決着をつけ始めたと後世の人々は見なすに違いない。
 もっとも、この間「もはや戦後ではない」「戦後政治の総決算」「ポスト戦後へのパラダイム(基本的枠組み)転換」といった、「戦後」からの脱却を企図した言葉をなんど耳にしたことだろうか。
 しかし、その都度、これらの言葉を迎え撃つように対日賠償請求や靖国神社公式参拝への批判、あるいは戦時慰安婦問題や南京事件がクローズアップされ、過去に引きずり戻された。その意味では「戦後」はまだまだあと半世紀ぐらいは続くかもしれない。
 かりにそうであったとしても、ことしは「無国籍国家」から脱却し、「国民国家」としての体裁を、完全ではないにせよ、半世紀を超える長い歳月を経てようやく取り戻した、少なくとも、それへ向けた再出発の記念すべき年として位置付けられるのではないか。
 人間社会において不自然な姿は長く続くものではない。いつか変化を起こすのは歴史的必然である。
 戦後の半世紀、とくにその前半は端的にいえば国家の存在を希釈化する「国際主義」が跋扈(ばっこ)し、「世界連邦」「全面講和」「平和憲法の世界への波及」(=二国間安保の否定)といった不自然な空想的・観念的理想論が、マルクス主義と重なり合いながら多くの支持者を獲得してきた。いや、まだ過去形で語るわけにもいかない。東西冷戦でマルクス主義者やいわゆる進歩派が敗北したいまなお、日本をことさらに卑しめたり、国家の否定に走ろうとする勢力が存在する。
 しかし、いまや多くの人々が、国家はこれから先の二十一世紀においても世界の基本単位でありつづけること、「平和憲法」が世界に波及していくということの虚構性、さらには国家の否定が伝統や文化、秩序の破壊、あるいは教育現場の荒廃をもたらしてきたことに気付き始めた。
 換言すれば、近代国民国家が戦争悪を惹起せしめたという思想的呪縛からようやく解き放されてきたといってもいい。「国家=悪」「権力=悪」「自衛隊=悪」の方程式のままであったなら、国旗国歌の法制化や、通信傍受法、新たな「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)関連三法の制定などの解答は引き出されるはずもなかった。一昔前には考えられなかった、潮流の巨大な変化が起きたのである。
 
◆問われる日本人の英知
 しかし、日本には依然として多くの不自然な姿が残存している。それらをただす変化がまだ必要である。
 ガイドライン関連三法が成立したといっても、日本自身の非常事態に備える有事法制を国家として整えておかねばならないという命題は残されたままだ。同様に重要なのは、日本救援のために出動してきた米軍が攻撃にさらされたときに、それを阻止する態勢、すなわち集団的自衛権の行使を容認するよう憲法解釈の変更も急がねばならない。究極的には憲法改正である。これらの大事業をやり抜かなければ、日本再生への道筋は完成しない。もはや無防備平和主義など雲をつかむような議論にかまけている暇はない。
 また、この歓迎すべき変化のなかにあっても警戒は必要である。揺り戻しもあれば、行き過ぎもあるからだ。
 敗北した「進歩派」の中には、人権や環境保護に名を借りて、反日、反国家、反政府運動を展開する化粧直し組も少なくない。逆に「進歩派」の敗北に乗じて戦前の皇国史観への回帰を目指すのもまた論外である。中庸を得た国家論をどう実り豊かに大きく構想していくか−日本人の英知が問われている。この厳粛な使命に思いを致す平成十一年の終戦記念日である。


 
 
 
 
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