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1995/05/03 産経新聞朝刊
【主張】憲法を考える 真の「自立」へ改憲を
 
◆護憲派に見られる愚民史観
 一九九五年の今年、わたしたち日本人は「第二の敗戦」ともいうべき事態に直面している。
 いうまでもなく「第二の敗戦」とは戦後最大規模の大震災と、国家転覆を狙ったかのような異常な事件による未だかつて経験したことのない社会不安、それに未 有の円高・信用不安・産業空洞化などの経済危機が加わった複合的敗戦状態である。
 戦後ちょうど五十年。政治は当時と同様に混乱と無力の極みにある。否、当時と異なり、この先吉田茂元首相のような存在が出現するかどうか確信が持てないぶん、この「第二の敗戦」の方がより深刻な事態だといえるかもしれない。
 しかし幸いに、今回は連合国軍総司令部(GHQ)は存在しない。それだけに「第二の敗戦」後の日本のあるべき姿をわたしたちは自立的に、かつ根源的に自らの手で問い直す知的作業が可能である。憲法を考えるにはまたとない機会の到来ではないか。
 護憲論者は現行憲法は十分役に立っている、というだろう。戦後民主主義者たちは現行憲法とともに生きたい、とまで執着する。その主張自体は尊重しよう。しかし、戦後民主主義護憲エリートに積痾(せきあ)のように宿っている国民不信だけは見逃すわけにはいかない。
 とりわけ官僚出身の政治家たちの発言には、もし平和主義の憲法に手を加えれば「日本は戦前の失敗を再現するところまで突っ走ってしまうのではないか、という不安がある」(宮沢喜一著「戦後政治の証言」)といった“愚民史観”が色濃い。この五十年間日本国民は先の戦争から何の反省も学習もしなかった、とでもいうのだろうか。
 そうではあるまい。仮に憲法第九条を改定し、日本が国軍を保有したとしても、決して好戦的な国家にはならぬ自信と覚悟を国民はすでに身につけているとわたしたちは確信する。この点に不信感を抱く護憲エリートは日本人でありながら当時のGHQの視線をそのまま維持し続ける国家意識なき化石人間というほかない。
 阪神大震災ではおびただしい数の人命と膨大な財産が失われた。しかし、その半面、国民が再認識したものも少なくない。そこにまず思いを致そう。たとえば、日本人の秩序感覚。あるいは向こう三軒両隣的な相互扶助精神。皇室への畏敬と自衛隊への感謝の念。こうした感覚が自然に被災国民の間から出たところに、まだ日本には健全な歴史秩序が存在しているのを知る。
 いまわたしたちに襲いかかっている社会不安にしても、偽装国家組織を持つ宗教集団が国家社会への挑戦としかいいようのない異様な行動に走っている最中にありながら、国民は良き秩序感覚を発揮し、いたずらなパニックには陥っていない。異常な円高に対しても、民間はこれまで概して冷静に対処してきたといっていいだろう。
 
◆健全な文化伝統を新憲法に
 むしろ危機は現状を「第二の敗戦」として危機認識しない政治家・官僚の側にこそ存在している。彼らには阪神大震災も、オウム真理教も、円高もやがて時間が解決し、日本は立ち直るだろうといった甘い思い込みがある。
 「自分の国ほど豊かで優れた国家はないと国民がうぬぼれている国家ほど醜い国家はない」とはローマで国家崩壊の過程を見たキケロ(紀元前一〇六−四三)の言葉だが、この日本では「国民」ではなく「政治家・官僚」がうぬぼれている。
 それでいながら、彼らには真の「自立」の精神がない。国防も外交も経済摩擦もすべて他力依存型のままである。これがどこからくるのかはすでに自明だ。GHQから押し付けられた、それも日本を無力化するための現行憲法をいつまでも有り難がって推し戴く限り、「自立」はあり得ないのである。
 まして東西冷戦構造が存在していた五、六年前とは国際環境も違う。西側同盟国への片側通行的な「依存体質」の維持は、もはや不可能と知るべきであろう。日本の主体性を確立するために、日本の国柄に即した憲法を考えていくことこそが根源的急務なのである。
 産経新聞の世論調査では実に七割を超える国民が憲法を「時代の変化に応じて見直してもかまわない」と答えた。国家体制が機能しなくなったことを身にしみた国民が政治家・官僚よりも機敏に時代に反応したことを示している。決して愚民ではないのである。
 阪神大震災で示されたような日本人の健全な文化伝統を素直に憲法に反映させることによって日本は蘇る。それが国際協調主義と決して矛盾するものではない−と国民が気付き始めたことをこの調査は示している。


 
 
 
 
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