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1993/11/24 産経新聞朝刊
【沈黙の大国】(212)憲法への視角(7)挑戦状
 
 「地方の時代」が叫ばれて久しいが、とかく、国−都道府県−市町村という上下構造のなかで末端自治体のできることは限られている。憲法には地方自治がうたわれているものの、もうひとつ明確でないという指摘も多い。ある町の戦いを報告する。
 
◆全国から熱い視線
 「たくさんの自治体から問い合わせがあります。でも、軽々にやると痛い目にあいますよ、と答えています」
 神奈川県真鶴町の三木邦之町長(五二)は、淡々と話す。来年一月に施行の迫った「まちづくり条例」に対して、全国の自治体から熱い視線が注がれている。この条例は地方自治体の中央への挑戦であり、ひいては憲法への挑戦でもあるからだ。
 真鶴町は神奈川県の西南部、静岡県との境界に位置する。長さ七キロ、幅一キロ、県内二番目の小さい町だ。人口は一万。昭和六十年代、そんな町をリゾートブームが襲った。
 リゾート法が施行された六十二年、地上七階地下一階九十三戸のリゾートマンションが建設されたのが始まりだった。翌年、駅前に建った七十二戸の分譲マンションが、土地付き一戸建てが買えるほどの値段だったにもかかわらず、全戸即日完売。翌日には一千万円のプレミアムがついたといううわさまで出た。
 これで開発熱に火がつき、町役場の窓口には連日、十件近い開発案件が持ち込まれた。
 「もともとこの町は水がないので、隣の湯河原町から毎日三千トンのもらい水をしてしのいでいたんです。だから、観光開発では処女地だった。それが、大型のマンション計画だけで二十件ほど、どっと押し寄せた。すべて完成すれば千二百世帯四千人、つまり一挙に町の人口が半分近く増えることになる。それでは、町はパンクしてしまいます」(三木町長)
 
◆まず行政指導で規制
 現在、町で把握している開発案件は五十余り。そのうちすでに十数件が着工している。こうした開発計画は、都市計画法や建築基準法などに照らせば適法なのである。これにどうストップをかけるかが、真鶴町の最重要課題となった。
 町議会に特別委員会が設けられ、リゾートマンション建設凍結宣言を決議。町は宅地開発指導要綱を改正して、行政指導により事実上の規制を進めることにした。
 都市計画に詳しい住民法律センターの五十嵐敬喜弁護士は「全国三千以上の自治体の三分の一が、こうした指導要綱を定めている。憲法によって、条例は法律の定める範囲内でしか効力をもたないので、行政指導でしか規制できないのです」と解説する。
 だが、国をはじめ上位自治体、民間業者などから、さまざまな圧力がかかった。補助金を人質にとり、規制緩和の名のもとに、“要綱つぶし”を求められた。「声が大きくなるから別室を用意してもらいたい」と、一見してそのスジと分かる開発業者の代理人が町役場を訪れるようにもなり、混乱に輪をかけた。
 「県に出向いて開発阻止を訴えても、法律に従うしかないと業者側に軍配をあげるのです。町内は開発同意料の札束攻勢に飛び付く人や、それにありつけない人の間で、なんともとげとげしい雰囲気になった」(三木町長)
 ついに収拾がつかなくなり、平成二年、まず助役が、そして任期三年を残して前町長が相次いで辞職するという異常事態に陥った。開発抑制を公約に掲げた三木氏が町議から町長に当選、より強い規制に乗り出したのである。
 まず、“水攻め”を打ち出した。上水道事業給水規制条例、地下水採取の規制条例を相次いで施行した。町には現実に水がない。そこで、一定規模以上の開発に給水制限を試みたのだ。だが、業者は枠ぎりぎりで申請してくるなど、いたちごっこが続いた。
 
◆一言一句にクレーム
 そうした結果、やはり抜本策が必要だとして、「まちづくり条例」の策定作業が開始された。ところが、素案をもとに県の関係部局とすり合わせを始めると、「総論から最終条文の一言一句にいたるまでクレームがついた」(条例づくりに協力した五十嵐氏)。地方自治法や建築基準法、都市計画法などを逸脱しているというのだ。
 「指導要綱による行政指導は、ゼネコン汚職で明らかなように“天の声”を生む元凶です。だから条例で公明正大にやろうというのに、違法とされる。町長には最高裁までいく覚悟をしなさいといっています」(五十嵐氏)
 真鶴町の「まちづくり条例」は、行政だけでなく議会や町民が開発計画について判断する場を組み込んでいるのが最大の特徴だ。
 「戦後五十年たつのだから、そろそろ本当の住民自治に道を開かなくてはいけません。全国一律の上位法では国の都合のいい町づくりしかできない。だから原点に帰って、住民参加で町づくりを考えようとしているのです。でも、あくまでもこの町の特殊事情が背景にあってのことですから、ほかの町でもできるかどうか」
 国に挑戦状をたたきつけたかたちの三木町長だが、その孤軍奮闘は新年に始まる。
 
【日本国憲法】
〈第八章 地方自治〉
第九二条【地方自治の基本原則】
 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
第九四条【地方公共団体の権能】
 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
 
【憲法には法律用語の適用に誤りがあるとも指摘されている】
 
第2条 国会の議決した 国会の可決した
第8条 国会の議決に 国会の可決に
第2章 戦争の放棄 戦争の否認(1)
第9条 1これを放棄する これを否認する
第11条 基本的人権は・・・与えられる ・・・権利である(2)
第55条 議決を必要とする 可決を必要とする(3)
第56条 2両議院の議事は・・・過半数でこれを決し 両議院は・・・過半数で議決し
第57条 1多数で議決したときは 多数で可決したときは
第58条 2多数による議決を 多数による可決を
第60条 1予算は 予算案は
2可決した予算を 可決した予算案を
2衆議院の議決を 衆議院の可決を
2国会の議決とする 国会の可決とする
第67条 1国会の議決で 国会の可決で
2指名の議決をした後 指名の可決をした後
2衆議院の議決を 衆議院の可決を
第69条 決議案を可決し 決議を可決し
信任の決議案を 信任の決議を
第73条 5予算を作成して 予算案を作成して
第83条 国会の議決に基いて 国会の可決に基いて
第85条 国会の議決に基く 国会の可決に基く
第86条 予算を作成し 予算案を作成し
第87条 1予算の不足に 予算の費目又は費目の金額の不足に
1国会の議決 国会の可決に
第88条 予算に計上して 予算案に計上して
第90条 1収入支出の決算は 収入支出の決算案は
第97条 永久の権利として信託 永久の権利であるた
 
 《注》法律家、三浦光保氏の指摘をもとに自主憲法期成議員同盟がまとめた。
 (1)放棄は法による正当な権利を捨てること。否認は正当な権利の有無にかかわらず認めないこと。侵略戦争は正当な権利といえないから、「放棄」ではなく「否認」が正しい。
 (2)第11条「与えられる」と第97条「信託された」が矛盾。
 (3)議決は、可決と否決の両方を含むので、国会の承認を前提とする用語としては「可決」か「決議」とすべき。


 
 
 
 
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