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1993/11/18 産経新聞朝刊
【沈黙の大国】(208)憲法への視角(3)9条の足かせ
 
 日本の国際貢献体制づくりに憲法の制約がいかに足かせとなってきたか、検証を進めている。在外邦人の救出のために自衛隊機を派遣する問題も、「憲法が認めていない海外派兵につながる」として、長い間、店ざらしになってきた。ようやく自衛隊法改正案が国会に提出されたが、武器の携行を認めないなど、およそ国際常識では考えられない内容となってしまった。
 
◆衆院解散・・・そして廃案
 「あと一日。あと一日あれば成立していたのに・・・」(防衛庁の担当者)
 ことし六月十八日、内閣不信任案の成立、衆院解散で廃案となった六十一法案のなかに、在外邦人救出のための自衛隊機派遣を認める自衛隊法改正案が含まれていた。
 この改正案は、政府専用ジャンボ機二機の運航・管理を自衛隊が担当することに伴うものだ。緊急時の在外邦人救助活動も専用機の役目なのだが、専用機が使用中の場合や、滑走路の長さの関係などで離着陸できないことを想定し、他の自衛隊機でも対応できるようにするという内容だった。
 この時点で、改正案は衆院を通過し、参院での審議も順調に進んでいた。成立は時間の問題とみられていた矢先の衆院解散・廃案だったのである。
 総選挙の結果、自民党が政権の座からすべり落ち、非自民連立政権が誕生する。野党となった自民党は九月末、廃案になったものと同じ内容の改正案を、議員立法として提出した。
 「海外派兵への道を開き、憲法に触れる」と反対していた社会党に配慮し、改正案の再提出を見送る構えだった連立与党側も、この五日、社会党の意見を取り入れた改正案を国会に提出している。
 
◆18年以上も店ざらし
 海外で災害や騒乱などが発生した場合、現地の邦人救援のために、日本から自衛隊機を飛ばすことは可能か・・・。この問題の発端は、実はベトナム戦争にまでさかのぼる。
 サイゴン(現・ホーチミン市)陥落の前日、一九七五年四月二十九日。邦人救出のため政府がチャーターした日航機が現地に向かった。しかし、マニラまでは飛んだものの、混乱状態からサイゴンを目前にUターン。邦人は米軍ヘリで国外脱出した。
 ことし六月一日の衆院安全保障委員会で、外務省の荒義尚・領事移住部長は、このサイゴンでのケースについて、「四月十一日ごろには、問題意識を持って(政府救援機派遣の)検討を始めたという記録が残っている」と答弁している。
 検討開始から実際に出発するまで二週間以上が経過したのは、日航との折衝などに時間がかかったためだ。出動の遅れが現地入りできなかった一因となり、当時から「政府専用機があれば、もっと早く現地に飛ばすことができたのではないか」という指摘も出ていた。
 しかし、それから十八年以上も、この問題はたなざらしのままだった。
 外務省のまとめでは、サイゴン陥落以降、在外邦人を緊急輸送したケースは十九例ある。このうち、政府チャーター機は北京の大地震などの七例だけで、あとは、外国の救援機や軍用機への便乗だ。
 この間、八九年の湾岸危機などでも自衛隊機の派遣問題が国会で論議を呼んだことはあったが、いずれも進展しなかった。憲法九条が大きな壁になっていたのである。「自衛隊機をどんな名目であれ紛争地域に派遣することは、憲法九条に反する」というわけだ。
 「棚上げにしていたわけではないのですが」と外務省の担当者。「憲法九条にからんで、国会では議論しにくいテーマだったことは間違いない。今、こうした議論ができるようになったのは、ペルシャ湾での掃海艇派遣やカンボジアPKO(国連平和維持活動)などでの自衛隊の活動が内外で評価されたためでしょう。雰囲気が変わったのは事実です」
 
◆武器携行に拒否反応
 それでは、今回、政府が提出した自衛隊法改正案は、その足かせを取り除いたのかというとそうでもない。
 政府案では、自衛隊輸送機の派遣もできるとしているが、「輸送の安全について(防衛庁長官が)外務大臣と協議し、これが確保されていると認めるとき」という条件つきなのだ。安全でないところに行くには、武器の携行など、それなりの準備が必要だ。そうなると、湾岸危機やPKO参加問題で社会党などが主張した「武器を携行するというのは使うことが前提。憲法違反だ」という議論をむし返すことになる。
 この点に、どれだけ神経質になっているかは、同時に閣議決定した政府方針で「在外邦人等の生命、身体、当該輸送にかかる航空機等を防護するために武器を携行し、使用することはない」と念を押したことでもわかる。
 しかし、「緊急輸送が必要な事態」で「安全が確保されている状況」は、現実にあり得るだろうか。憲法九条論議に波及させないために、その矛盾には目をつぶったとしか、言いようがないのだ。
 現在、海外在住の日本人は約六十万人。日本経済のグローバル化で、活動地域は世界各地に及んでいる。こうした人々を救うために国が最善の努力を尽くすことは、「憲法違反」なのか。違反だとすれば、そういう憲法とは何なのか。国民レベルで真剣な議論が必要な時期が来ていることだけは間違いない。
 
【海外派兵と海外派遣】
 自衛隊の海外での活動について、政府は昭和55年、「海外派兵」と「海外派遣」の区別を示している。「武力行使の目的をもって、武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣すること」を海外派兵、「武力行使の目的をもたないで部隊を他国に派遣すること」が海外派遣。前者は憲法で許されないが、後者は許されるとしている。後者の具体例としては南極観測や遠洋航海訓練などがある。


 
 
 
 
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