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1964/05/03 サンケイ新聞朝刊
【社説】自分で答えを出そう 憲法論争に無関心ではいけない
 
 きょうは憲法記念日。新憲法が施行されてからもう十七年になる。早いものである。
 内閣の憲法調査会も、足かけ七年の作業をおえて、この六月にはいよいよその最終報告を内閣と国会に提出するという。
 これをきっかけにして、憲法論議はいっそう盛んになるだろう。“護憲”か“改憲”か、政界や学界では、それぞれ専門家たちが目の色をかえて、火の出るような議論をわき立たせている。それはいままでも政治問題化の傾向が指摘されてきたが、六月以降、いちだんとその気味合いを強め、へたをすると収拾がつかなくなるのではないかと、いまから心配である。
 このように、関係者は、憲法問題にたいして、最高最大の興味と関心をそそいでいる。それは、いわば新憲法が施行された十七年前のその瞬間から、いままで絶えることなく、潮の満ちるように、ゆっくりと、しかも着実に高まってきているのである。
 ところが、一般国民はどうだろうか。新憲法施行後、五年ごとに行なわれた各種の世論調査によると、不思議なことに、憲法を“一通り読んだ”ものの百分比は一〇%を少しこえるところを前後して、大きな変化が見られない。その他は、一部分読んだか、あるいは全然読まないかのどちらかということになる。
 この一通り読んだという階層も、はたしてその内容を知ったかどうかということになると、さらに割り引きして考えなくてはならないだろう。そうすると、憲法の内容まで掘り下げて“護憲”を主張し、あるいは“改憲”を唱えているのは、わたしたち国民のなかのほんのひと握りのひとたちだけということになるのだろうか。もちろん、世論調査の数字だけで結論を出すのは早い。しかしその傾向はうかがい知ることができるだろう。
 これはおそろしいことである。いまきわめて少数の勢力が、国民の無知や無関心をいいことにして、“改憲”や“護憲”に踏みきらせようと、必死になって宣伝合戦を展開している。しかし笛を吹いても国民は踊らない。静かなこと林のごとくである。憲法の内容を知り、そのうえでの静かさなら、それはそれで大国民にふさわしい立派な見識である。しかし内容をまるで知らないで、馬耳東風と聞き流しているのなら、それはきわめて危険なことである。
 経済の繁栄のなかで“太平ムード”をむさぼり、政治問題にいっこう興味を示さない国民の社会はそれこそ“王道楽土”のように見えるだろう。だがこの経済的繁栄や政治的安定も、ひとたび風が吹けば、ひとたまりもなく吹きとばされてしまうような、温室咲きの花であってはなるまい。見かけのはなやかさではなく、ほしいのは、しっかり大地に根を張り、苦難にたえる力である。それには、ひとのいうがままに右に行き、左に行くのではなく、まず自分で知ることであり、理解することであり、そして判断することである。
 いま、憲法調査会は、この新憲法が、押しつけられた憲法かどうかということでもめている。こんごの憲法論議のはてに、どのような結論が出るにせよ、いまのような国民の無関心さでは、それをそのまま受け入れるしかないだろう。そうすると、憲法を押しつけられるなどという、いやしくも独立国の国民として口にするのもはずかしい、おろかなことを二度くりかえすことになるわけである。
 政府、自民党は必ずしも改憲に踏み切ったわけではない。しかし、かつての警察予備隊が自衛隊となり、防衛庁を国防省に格上げしようとする動きがあるところを見れば、この事実を積みかさねていくやり方が、はたして憲法九条の改正とどういう関係があるのか、わたしたちは考えなくてはならない。
 また、社会党はあきらかに護憲論を展開している。だが、国会を国家最高の機関とする憲法四十一条の規定がありながら社会党は国会をそれほど高く評価せず、むしろ国会活動を革新勢力のひろい国民運動のひとつにぐらいしか心得ていない。ほんとうはこの憲法を守る気持ちがあるのかどうか、疑問が出てくる。
 たしかに、憲法論議は花ざかりである。しかし関係者だけの論議では、ほんとうは意味はないのである。しかも、この論議の結果を、知らないがためにそのまま押しつけられるようでは、無意味どころか有害ですらあるだろう。
 憲法論議に、わたしたち国民も参加しよう。それには、まず憲法を読むことだ、知ることだ。憲法の学問的、専門的探究は、どうやら憲法調査会の六月報告でつきるだろう。それを考え、判断するのは、わたしたち国民である。改めるにせよ、守るにせよ、保守、革新両陣営の政治的宣伝に引きずられることなくわたしたちの健全な良識で答えを出そう。


 
 
 
 
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