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2003/05/03 読売新聞朝刊
[社説]憲法記念日 「国益」害す欺瞞的解釈を見直せ
 
◆広がる現実との乖離
 イラク戦争は終結したが、北朝鮮の核開発問題は、一段と緊迫の度を増している。
 日本を取り巻く安全保障環境は大きく変化しつつある。
 その一方で、国の基本法制である憲法は、五十六年前に施行されて以来、今日まで一度も改正されたことがない。憲法の規定と現実との矛盾は、年々深まっている。
 これまでは、そうした矛盾を、憲法の“神学的”解釈操作で繕ってきたが、それも限界に達しつつある。欺瞞(ぎまん)的な憲法解釈に固執し続けることにより、安全保障の面で国益を害する事態が生まれていることを、政府は直視すべきだ。
 「持っているが、使えない」という集団的自衛権に関する内閣法制局の見解が欺瞞的解釈の端的な例である。
 日本はアフガニスタンにおける国際テロとの戦いのため、自衛艦をインド洋に派遣し、米軍などへの支援を今も続けている。内閣法制局がどう言い繕おうと実態は集団的自衛権の行使そのものだ。
 仮に、集団的自衛権に関する見解を盾に、国際テロと戦う米国を支援しなかったら、どうなったか。日本の安全に死活的重要性を持つ米国との同盟関係が、危機的状況に陥ったことは間違いない。
 国連平和維持活動(PKO)に参加する自衛隊の武器使用基準についても、内閣法制局の見解は非現実的だ。
 現行のPKO協力法は、基本的に自衛のための武器使用しか認めていない。国連の基準は、任務遂行を妨げる武力攻撃に対しても武器の使用を認めている。
 内閣法制局が武器使用を厳しく制限しているのは、国際基準にまで緩和すると憲法が禁じる「武力行使」の領域に踏み込みかねない、とするからだ。
 しかし、憲法が禁じる国権の発動としての武力行使と、PKO活動における武器使用は異なる範(はん)疇(ちゅう)の問題である。
 イラク戦争は、日本政府がこれまで、「日米安保」「アジア重視」と並ぶ外交の柱と位置づけてきた「国連中心主義」の限界を浮き彫りにした。
 国連安全保障理事会は、フセイン政権に対する武力攻撃に踏み切った米英両国と、それに反対した仏独両国などの対立で機能不全を露呈した。
 米国には、国連安保理のあり方を見直すべきだ、との声も高まりつつある。
 小泉首相は、武力行使容認の新たな国連決議が採択されなかったにもかかわらず、米国を支持した。国連決議を無視し続けたフセイン政権に非があることと併せ、核開発を進める北朝鮮の脅威を念頭に置いたからだ。正しい決断だった。
 だが、イラクの戦後復興への自衛隊派遣に関しては、国連決議を前提とすべきだ、という声が政府・与党の大勢となっている。復興の手助けさえも、国連決議がなければできない、というのは日本ぐらいのものだろう。
 
◆破綻した法制局解釈
 自衛隊の活動はできるだけ抑制すべきだといった憲法解釈操作に基づく戦後政治の伝統的発想から、今なお脱却できないでいることを物語るものだ。
 国連を過度に重視する風潮の裏には、憲法前文を理由にした、極めて理想化された日本独特の国連観の影響もある。
 世界の構造は、東西冷戦終結と一昨年の「9・11米同時テロ」によって大きく変わった。内閣法制局が積み上げてきた憲法解釈は、随所で破綻(はたん)している。
 内閣の一機関に過ぎない法制局が、国の存立にかかわる憲法解釈を独占してきたこと自体、異様と言うしかない。
 憲法解釈の欺瞞性を正すのは政治の役割である。集団的自衛権の解釈変更は首相決断で可能だ。小泉首相の責任はとりわけ重い。
 憲法と現実との乖離(かいり)は、安全保障の分野だけではない。かねて矛盾が指摘されていた私立大学への国の補助金も、第三者機関を介した交付だけでなく、国が私大に直接支出する例が増えつつある。
 憲法制定当時には想定しなかった環境権などの明記を求める声も多い。
 安全保障など、見直しを急ぐべき分野は当面、解釈変更で対応するにしても、いずれ憲法改正が必要だ。
 読売新聞の世論調査によると、憲法改正に賛成の人は54%と、六年連続で半数を超えた。憲法改正論が国民の間に広く定着したことは、もはや明らかだ。
 
◆問われる政党の責任
 問われるのは政党である。
 衆参両院の憲法調査会は、二〇〇五年一月の最終報告提出に向けて論議を進めている。実りある報告をまとめるには、各党が論議を深め、明確な意見を打ち出すことが不可欠だ。
 来年夏には参院選があり、衆院議員の任期も切れる。国政選挙は、憲法に対する政党の姿勢を有権者に問う好機だ。
 具体的な改正案を示せなくても、「集団的自衛権の行使を容認するか」「憲法改正に必要な国民投票法の早期実現に取り組むか」の二点くらいは、公約に掲げて国民の判断を仰ぐべきだろう。
 憲法をどう考えるかは、国の将来像を描くことでもある。


 
 
 
 
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