2001/05/03 読売新聞朝刊
[社説]新世紀を聞く 小泉首相の憲法発言に望む まず集団的自衛権で決断せよ
◆九条に踏み込んだ意義
ようやく憲法改正も特別なテーマではなく、自然体で取り組む課題の一つとして政治の場で語られるようになった。
小泉首相の記者会見を聞いて、憲法論議をめぐる時代の変化を実感した人が多いのではないか。
長い間、タブー視されてきた憲法九条の問題で、小泉首相は、こう語った。
「自衛隊が軍隊ではないという前提で何事も進めていくには不自然な問題が多々出ている。自衛隊に対して、憲法違反であるとか、そうでないという議論をさせておく方が失礼だ」
自衛隊を軍隊として憲法に位置づける必要があるということだろう。
民主党の鳩山代表も同様の認識を示しているが、現職首相の発言であることに大きな意義がある。
政府見解では「権利は有しているが、憲法上、行使できない」とされている集団的自衛権の解釈についても、小泉首相は「すぐ変えるわけではないが、研究してみる余地がある」と述べ、行使容認への変更を前向きに検討する考えを示した。
持論の首相公選制に関しては、「この問題に限って憲法を改正したい」と、特に強い意欲を表明した。
現職の首相が憲法問題でここまで踏み込んだのは初めてのことだ。
過去にも中曽根康弘氏をはじめとして憲法改正に積極的な首相はいたが、護憲勢力との摩擦を避けるため、「在任中は政治日程に乗せない」などと持論を封印してきた。やむを得ない政治情勢があったにせよ、憲法と現実との乖離(かいり)を広げてきた一因にそうした事なかれ主義があることは否定できない。
戦後の憲法秩序のさまざまな歪(ゆが)みを正し、新たな国の姿を求める一歩として、憲法改正の必要性を強調する小泉首相の姿勢を高く評価したい。
小泉内閣の支持率が空前の高水準に跳ね上がったのも、こうした“政治的勇気”に期待したためだろう。
◆国益の視点が肝要だ
小泉首相は発言を実行に移し、国民の期待にこたえる責任がある。
とは言え、憲法の改正にはなお時間がかかるだろう。当面はまず、それ以前にできることに全力を挙げるべきだ。
集団的自衛権の問題はその一つだ。
例えば自衛隊と米軍が共同活動中に米軍が攻撃された時、集団的自衛権の行使が禁じられているからといって自衛隊が座視していたら、日米同盟は瞬時に破たんする。これでは国益は守れない。
鳩山氏はかねて「集団的自衛権の憲法への明記」を主張している。
安全保障の重要性を考えれば、憲法に明記するのが本来の姿だが、政府解釈を変更すれば、改憲を待たずに集団的自衛権の行使容認は可能になる。
小泉内閣は、早急に政府解釈の変更を政治決断すべきだ。
解釈変更に、内閣法制局は強く反対しているという。総裁選中も、小泉陣営の幹部に従来の解釈を堅持するよう働きかけたとされる。国益の観点から内閣が総合的に下すべき最高度の政策判断は、政府の一機関に過ぎない内閣法制局が左右するような筋合いのものではない。
小泉首相が力説する首相公選制の導入は、賛成できない。
人気投票的な要素が強まり、政治的能力を欠く人物が選ばれる恐れがある。政策でも、世論におもねる大衆迎合に陥りやすい。
現行制度に比べ首相と与党の関係が薄くなり、政府提出法案の成立が今より難しくなるとの見方もある。その一方で、独裁政治を生む危険性も指摘されている。
それよりも、政策で実績を上げ、“首相公選ブーム”の背景にある政党不信の払拭(ふっしょく)に全力で取り組むべきだ。
小泉首相は、首相公選制導入に取り組む副産物として、具体的な改正手続きがはっきりする点を挙げている。
◆国民投票法の制定急げ
そうであれば、国民投票法の制定に真っ先に取り組むべきだ。憲法九六条は改正手続きを定めているが、実際に改正に必要な国民投票法の制定は放置されてきた。政治の怠慢というほかない。
憲法には、国会のあり方や、環境権など現行憲法が想定しなかった基本的人権にかかわる問題も含め、検討すべき課題が多い。衆参両院の憲法調査会は、幅広く、論議を深めてほしい。
二〇〇五年初めを目標としている報告の取りまとめも、できる限り早めるべきだ。そのためには各政党が党内の意見集約を急ぐ必要がある。
憲法を避けて、新たな世紀の国家像は描けない。
小泉首相はもとより各政党、政治家に、責任ある憲法論議と、できるところから実行する積極姿勢を強く求めたい。
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