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1999/12/29 読売新聞朝刊
[潮流]憲法論議、活発に 多岐にわたる論点 民間も積極発言(解説)
 
◆建設的な姿勢に期待
 憲法論議を進める上で、今年は大きな節目の年となった。来年の通常国会から衆参両院に憲法調査会を設置することが決まり、今秋の自民党、民主党の党首選挙で憲法改正問題が議論の対象としてクローズアップされた。民間レベルにも広がりを見せた憲法論議を求める各界の動きを追った。
   (解説部 笹島雅彦)
 衆参両院に設置される憲法調査会は、五年をめどに報告書をまとめる。国政の場に憲法を論じる常設機関ができるのは、政府の憲法調査会(一九五七―六四年)以来のことだ。常任委員会でないため、議案提出権はないものの、国の将来像を見据えた活発な憲法論議が期待されている。
 この流れにあわせ、今年九月の自民党、民主党の党首選挙では、憲法論議が主要なテーマに浮上。論点は、憲法九条(戦争放棄)にとどまらず、
〈1〉国家緊急権
〈2〉国際協力
〈3〉「公共の福祉」の位置付け
〈4〉参院改革
〈5〉首相公選制の是非
〈6〉環境権、「知る権利」、プライバシーなど新たな権利・義務
〈7〉地方自治
〈8〉憲法改正条項――
など多岐にわたっているのが特徴だ。
 憲法改正の是非についての国民意識は九三年を境に逆転した。今年の本紙全国世論調査(四月九日付)によると、「改正する方がよい」は53%、「改正しない方がよい」は31%と、改正論が過半数を占めている。
 民間レベルでは、これまで腰を引いていると見られた経済界から積極的発言が生まれている。経済同友会安全保障問題委員会(委員長代行=近藤剛・伊藤忠商事常務)は今年三月、安全保障に関する緊急提言を行い、「改憲についての議論まで視野に入れるべきだ」(近藤氏)と主張した。
 新宮康男・前関西経済連合会会長(住友金属工業名誉会長)は昨年二月、京都で開かれた関西財界セミナーの講演で、「国の構造を全面的に改革しようとする時、その基本の憲法に触れられないのでは、真の構造改革を進められない」と改憲論議を主張。今年の同セミナーでは「経済界としても正面から憲法問題を考え、提言していかなければならない」と訴えた。
 九二年以来、憲法問題を議論してきた日本青年会議所では、二〇〇〇年度の活動方針として「しっかりとした方向性を持った上で憲法問題を議論し、発信していく」(松本浩典・メディアネットワーク特別委員長)としている。
 また、経済界、労働界、学者らでつくる「新しい日本をつくる国民会議」(二十一世紀臨調・亀井正夫会長)は、超党派の若手国会議員と合同で、憲法など国のあり方を論議することになり、すそ野の広がりを示した。
 
◆「解釈の限界」背景
 民間シンクタンクでは、「環境権」など個別のテーマで憲法論議を展開するケースも出てきた。長年、地球環境問題に取り組んでいる加藤三郎・環境文明研究所長は「五十年前に制定したまま一字一句も変えていないだけに、憲法は環境のことに全く触れていない。自治体やNGO(民間活動団体)など現在の社会を生き生きと動かしている主体が憲法には適切に位置付けられていない」と、現行憲法の欠陥を指摘する。
 そこには「環境権だけでなく、環境を守る義務を憲法に盛り込むべきだ。憲法をいじらず、解釈で時代の変化に対応できるだろうか」という問題意識が背景にある。
 読売新聞が九四年十一月、議論のたたき台として「憲法改正試案」を提言したのをきっかけに、従来タブー視されてきた憲法論議は活発化、改正テーマも拡大している。二十一世紀の日本像を展望した、冷静で建設的な憲法論議の高まりを期待したい。
 
《憲法改正試案づくりの主な動き》
 (個人・団体、提案内容)
 
<政界>
◇愛知和男・自民党衆院議員
 「平成憲法」愛知試案(第二次改訂)(98年12月)
◇自由党
 憲法改正国民投票法案を提案(99年8月)
◇小沢一郎・自由党党首
 「日本国憲法改正試案」自衛権というのは、人間にたとえれば正当防衛権である(99年8月)
◇鳩山由紀夫・民主党代表(前幹事長代理)
 「ニューリベラル改憲論」九条はまず「陸海空軍その他の戦力は保持する」と明記すべきだ(99年9月)。党憲法調査会で2、3年以内に改正試案を作成へ
◇山崎拓・自民党元政調会長
 山崎派として来年7月をめどに憲法改正試案をまとめる。集団的自衛権の行使を認め、政策上の制約をもたせる(99年10月)
 
<民間・経済界>
◇新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)(亀井正夫会長)
 「新しい日本をつくる超党派会議」と合同で2001年をメドに「21世紀日本のビジョン」(仮称)をまとめる。戦後憲法体制の包括的検証にまで踏み込んで検討する(99年10月)
◇自主憲法制定国民会議(会長=木村睦男・元参院議長)
 毎年5月に「新しい憲法をつくる国民大会」を開催。木村会長が「平成の逐条新憲法論」発刊。戦争の否認、自衛軍の保持を盛り込む(96年5月)
◇日本会議(会長空席、副会長=小田村四郎・拓殖大総長ら)
 「新憲法の大綱」自主独立の立場から構想した独自案を提示(93年5月)。内部の新憲法研究会でさらなる見直し内容を研究中
◇経済同友会安全保障問題委員会(委員長代行=近藤剛・伊藤忠商事常務)
 緊急提言「憲法解釈にとどまらず、条文そのものについても国民的論議を行い、改正すべきところは改正すべきである」(99年3月)
◇関西経済同友会基本問題部会・憲法問題委員会
 提言「日本国憲法を考える」憲法問題に関し国民的規模で議論を行う必要がある(94年4月)
◇日本青年会議所
 国に対し「憲法臨調」の設置、参院選挙制度の改正などを提言(92年7月・青年経済人会議)
 
<労働界>
◇連合の旧同盟系労組「憲法論議研究会議(論憲会議)」(柳沢錬造議長)
 憲法の見直しを求め、来年1月にも骨格を策定。2001年5月に試案を提言へ(99年6月発足)。連合は論憲は否定しないが、現状で改正は不適当という立場
 
<シンクタンク>
◇宮田義二・松下政経塾塾長
 日本はいまこそ独自の憲法を制定し、自立すべきではないか(「日本はいまこそ自立すべき」・96年3月)
◇加藤三郎・環境文明研究所長
 「循環社会創造の条件」憲法に環境条項を入れよ(98年11月)
◇野口義之・野村総研前ワシントン支店長
 「憲法論議の活発化を」(知的資産創造96年秋号)成熟した市民社会にふさわしい憲法を
◇憲法問題研究会(西修・駒沢大教授主宰)
 学者、弁護士、ビジネスマンなどで新たな憲法改正の方向性を探る(99年10月)
 
<法曹界>
◇新しい憲法を創る会(事務局長・飯田数美弁護士)
 21世紀にふさわしい新しい国家をつくるために、新しい憲法をつくる。メンバーの弁護士が「平成憲法試案」を出版(99年11月)
 
<学界>
◇西修・駒沢大教授
 西ゼミナール作成 「平成憲法草案」(94年11月)
◇小林節・慶応大教授
 著作「憲法守って国滅ぶ」(92年)
◇北岡伸一・東大教授
 「憲法九条の呪縛から抜け出すとき」(This is 読売 99年3月号)
◇竹花光範・駒沢大教授
 著作「憲法改正論への招待」(97年4月)
◇西部邁・元東大教授
 著作「日本国憲法改正試案」(91年)


 
 
 
 
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