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1995/09/30 読売新聞朝刊
芦田小委速記録の英訳版削除部分 「押し付け」覆い隠す GHQ規定で自主規制
 
 今回公開された衆院憲法改正小委員会の速記録のうち、連合国最高司令官総司令部(GHQ)に提出した英文速記録で削除された部分は、GHQが実施した「プレスコード」に基づくもので、GHQが憲法修正に関与したことに言及した部分が大半だ。日本側の自主規制によるものだが、この削除は、占領政策の厳しさのみならず、憲法に関する論議をタブー視する風潮を根付かせる一因にもなった点で、戦後政治史の暗部を改めて浮き彫りにした。
 削除された主な部分は別表の通り。GHQと政府との間の水面下の交渉経過の報告や、マッカーサー最高司令官を名指しして介在を指摘する発言など、GHQが憲法の修正に関与したことを示す部分が多い。金森徳次郎国務相が憲法改正の可能性に含みをもたせた見解(第五回小委)も全面的にカットされている。
 削除したのは、「プレスコード」の存在が大きい。一九五七年十一月当時の衆院事務総長見解でも「占領当時、議長の職権でプレスコードに該当する言辞を削除した」と明記している。
 「プレスコード」は、四五年九月十九日にGHQが出した覚書で、「進駐連合軍に対する破壊的批判、同軍に対し不信、怨恨(えんこん)を招くような事項」など十項目をもとにG―2(参謀第二部)の指揮下にあったCCD(民間検閲支隊)があらゆる新聞、放送、出版物の検閲にあたった。これは四六年一月二十四日付で、一般の出版物だけでなく、国会を含む官庁の出版物にも準用された。
 GHQはさらに憲法にも厳しい監視の目を光らせていた。江藤淳氏の著書「一九四六年憲法―その拘束」でも、CCDの内部文書に、削除または発行禁止処分の指針(三十項目)として、特に「SCAP(GHQのこと)が憲法を起草したことに対する批判」「検閲制度への言及」があることを指摘している。
 一方、削除の手続きは、日本側の自主規制で行われた。衆院事務局によると、GHQから提出命令があった当時、鉛筆書きの速記録をペン書きに直して「上層部」に提出。その後プレスコード部分が削除されたものが戻ってきたため、削除部分を除いて翻訳してGHQに提出した、との当時の担当者の聞き取りメモが残っている。
 こうした日本側の自主規制は、プレスコードに抵触する部分と同時に、「日本側に不都合な部分」(国会関係者)にも働いたようだ。削除部分で、憲法修正でのGHQの関与の部分が多いのも、日本側にすれば「押し付け憲法」と受け取られるのは得策でないとの判断もあったからで、これは、日本の手で憲法を作ったと対外的にも説明しなければならないGHQの利害ともマッチしたとみられる。ただ、「金森見解」が削除されたことについて「改憲の可能性の誤解を与えてはまずいという国益上の判断では」(議会関係者)との見方もあるが、真意は不明だ。
 占領下とは言え、国会議員の発言が英訳の際に削除されたことは戦後政治史の「恥部」ともいえる。だが、あえて公開に踏み切ったことで、憲法をタブー視することなく論議していく手掛かりになるとするなら、その意味は小さくない。(水野雅之、鳥山忠志)
 
《英文速記録の主な削除部分》
 
◇前文
◆笠井重治委員「・・・これは聞いてみますと、相当英文というものが重要な部分として残ると思います、マッカーサーの方でも、この前文には相当筆を下ろしているということを聞いております、そこで・・・」(第2回)
 
◇第9条
◆鈴木義男委員「今一つ念の為に、交戦権を先に持って来て、戦争抛棄を後に持って来ることは立法技術的に如何ですか」
◆金森徳次郎国務相「・・・将来国際連合等との関係におきまして、第二項の戦力保持などということに付きましては色々考うべき点が残っているのではないか、こういう気が致しまして、そこで建前を第一項と第二項にして、非常に永久性のはっきりしている所を第一項に持って行った、こういう考え方になっております・・・」(第5回)
 
◇皇室財産
◆金森国務相「・・・(GHQ)からは非常な色々な言葉を以て政府の方にごく内密に働き掛けて来られた訳であります。大体第八十四条の政府原案に対しまするGHQ側の考えはかなり徹底した考えを持っておりまして・・・」(第12回)
◆廿日出ボウ委員「まことに一人死ななければこの憲法問題は解決しないとかつて言ったことがあるが、実はそうなるかも知れぬという位の悲壮な気持ちであります・・・」(同)
 
◇文民条項
◆金森国務相「・・・以上は実は今日はもう全くありのままに、一言一句を粉飾することなくして申上げた訳でありまするが、この点はまことに恐入りますけれども、先方のたっての希望もありまするし、又国際関係もありまするので、事やむを得ざると同時に、こういうことについてプレスに発表されるということを非常に嫌っておりますから、その点を一つ十分御含みを願いたいと思っております…」(第13回)


 
 
 
 
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