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1994/12/18 読売新聞朝刊
[社説]憲法で路線転換した「宣言」
 
 結党以来四十年近くにわたって自民党の党是だった「現行憲法の自主的改正」が党の文書から姿を消した。
 党基本問題調査会(後藤田正晴会長)が河野総裁に答申した「新宣言」では、憲法について「国民とともに幅広く論議を進めていきたい」としている。
 「論議する」との表現にはなっているものの、改正問題に対し消極的なトーンで作成されている。自主憲法制定路線から大きく転換したといっていいだろう。
 自民党が、正面から憲法見直しに向き合おうとしないのは極めて問題があると言わざるを得ない。
 新宣言の当初の案では、憲法という言葉は一切使わず、「時代にそぐわなくなった法体系などを政治の責任で見直す」の中に憲法を含めようというものだった。
 ところが、改正派議員から反対が出て、十六日に示された原案では、憲法の条項を独立させて「なお幅広く慎重な論議を進めていきたい」となり、さらに答申のように修正された。
 憲法問題をなるべく避けて通ろうとする姿勢がよくわかる。
 これについて、後藤田会長は「自主憲法制定というのは、占領下の諸制度の見直しの中で採用された言葉だ」と述べ、現在はそのような状況ではないと強調する。
 また、新宣言作成にあたった理念・綱領・党名検討小委員会の武藤嘉文委員長は「アジアの国々との協調を考えると、この時期に憲法改正を大きく打ち出していいのだろうか」と述べている。
 しかし、いま憲法の見直しが問題になっているのは、現行憲法制定以来半世紀近くたち、解釈の混乱や現実との乖離(かいり)が目立つ中で、国際貢献など新しい時代の要請にどうこたえていくかが問われているからにほかならない。
 憲法見直しとアジア諸国との協調が二律背反であるかのような問題の立て方は、間違っていると言わなければならない。
 二十一世紀にむけて憲法はどうあるべきか、不断に見直すのは当然のことであり、それが政党、政治家の責任であろう。
 新宣言では「国民とともに幅広く論議を進める」と言うが、国民的な論議をするためにも、自民党として憲法をどうするのかが示されなければならないのである。
 新宣言作成にあたっては、連立政権を組む社会党や新党さきがけなどが自民党に対し、これを機会に「自主憲法制定」から「護憲」へと路線を転換するよう期待感を表明していた。
 新宣言には、社会党などとの連立政権維持を最優先にした跡がある。本末転倒と言うべきだろう。
 新宣言などの一連の文書は、二十日の党総務会で論議されるが、改正派議員からの巻き返しが予想される。
 改正派からは「これでは党が分裂しかねない」との声が出ているというが、憲法改正の旗をおろしたことで、自民党は内部に新たな政界再編の火ダネを抱えたと言えるだろう。


 
 
 
 
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