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1994/11/05 読売新聞朝刊
憲法論議に活性化の兆し 読売新聞社試案が政財界に反響 「安保」巡り賛否交錯
 
 読売新聞が発表した憲法改正試案は、政界、財界でも大きな反響を呼んでいる。自衛のための組織の保持を認める安全保障の項から人権問題まで、議論は広範囲に及んでいるが、特に政界では、安全保障で与野党間で賛否両論が交錯し、連立時代の複雑さを反映しているのが特徴だ。同時に、政、財界ともに、「タブーとされてきた」(羽田孜・新生党党首)憲法論議が活性化の兆しを見せていることは間違いない。
 
〈政界〉
 改正試案には、「巨大な宣伝力をもつ報道機関の、試案発表の意図に危惧(きぐ)の念を持つ」(小川仁一・社会党参院議運委員長)という声もある。
 もっとも、「憲法に関する一つの見解が提示されることはあってもよい」(久保亘・社会党書記長)というように、同じ社会党でも意見は様々。与野党を通じ、「具体的な案を提示して、冷静に論議するスタート台を作った」(野田毅・高志会代表)と、評価する向きは少なくない。
 内容面で、最も関心が高いのが安全保障だ。自民党や新生党に「自衛権を認めたことは、社会党の政策転換とも合致する」(山崎拓・自民党副幹事長)といった肯定論が多く、社会党は否定的――という構図だ。
 ただ、肯定派に「現行憲法の第九条一項がそのまま残り、国連軍への参加がどうなのか、あいまいさを残している」(船田元・新生党常任幹事)など厳しい注文が多いことも目立っている。
 また「全体としては、平和主義が前面に出ている」(大石千八・自民党基本問題調査会副会長)としながら、「国連平和維持活動(PKO)で国連平和維持隊(PKF)をやろうということになる。今はその時期ではない」(同)と指摘する向きもある。
 「(内閣の改革で)首相公選を一方の柱に」(山崎氏)、「鮮明な軍縮・共生世界志向――などが、新しい日本のイメージになるべきだ。その点、(試案は)二十一世紀への世界観、社会観が鮮明でない」(伊藤茂・社会党元副委員長)……などの意見も目を引く。
 新・新党へ向けての政策調整で憲法問題に慎重な姿勢を示す公明党には、「改正試案に、われわれはシリをたたかれている感じだ」と漏らす幹部もいる。
 
◆研究・発表に肯定的
〈財界〉
 憲法改正試案に対し、財界の多くは「戦後五十年にあたり、憲法についていろいろな議論が行われることは自然の流れ」(豊田章一郎・経団連会長)と受け止めているが、改憲が必要な時期かどうかについてはさまざまな意見があり、波紋を投げかけている。
 経済同友会の品川正治・副代表幹事は「日本社会や日本人の価値観が変わり、国際社会における日本の位置付けや役割が変化する中で、憲法についても議論が必要な時期に来ている」と見直し論を支持している。
 これに対し、日本商工会議所の稲葉興作会頭は「現憲法は国民の間に定着している。極めて大きな誤りが認められなければ軽々な変更は好ましくない」と改憲には慎重な見解を示した。
 ただし稲葉会頭も、「改正しようという場合にどの点が対象となるかについて、継続的に、冷静に、学問的によく検討し、国民的な議論を重ねることは許されるべきだ」としており、改憲に積極・慎重のいずれの立場でも「さまざまな試案が研究され、発表されること自体は結構なことだ」(永野健・日経連会長)という点では一致している。
 財界では、経済同友会の「新しい国家像を考える委員会」(堤清二委員長)が七月に、日本経済調査協議会の調査専門委員会(諸井虔委員長)が八月に、それぞれ憲法見直しの提言を発表している。同友会の品川副代表幹事は読売試案の中身について「現行憲法の基本原理を維持した上で、第九条の再検討にとどまらず、新しい基本的権利を盛り込むなどのスタンスは同友会の議論と一致している。よい材料を提供してもらった」と述べ、今後は同友会内で、読売試案を議論のたたき台のひとつとして活用する意向を明らかにした。


 
 
 
 
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