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1992/12/10 読売新聞朝刊
[社説]時代を見すえて憲法を見直そう
 
 冷戦終結後の世界の新秩序づくりに、日本はどう参加していくか。この面で解釈が割れている現行憲法下で、国際社会が求める責任分担を十分に果たせるかどうか。
 とりわけ国連の集団安全保障機能が重要性を増してくるのにともなって、国連憲章と日本国憲法の整合性を図る必要が生じている。
 読売新聞社が、憲法問題調査会を設置したのは、そういう観点から憲法問題を新しい目でとらえ直す時期が到来しているという認識に基づくものである。
 同調査会は、憲法の平和・安全保障に関する諸条項について論点を整理し、第一次提言をまとめた。憲法には、それ以外にも新時代に適応できるよう再検討を要する条項や、新たにつけ加えるべき課題も少なからず存在する。
 読売新聞社は、今後も第二次、第三次調査会を設けて、さまざまな角度から息の長い調査研究活動を続け、憲法問題に対する国民の関心を高め、広く論議を起こして、今世紀末に向け理想的な改正案作りに資したいと考えている。
 
◆タブーを排し多面的論議を
 憲法は、その憲法が制定された時代の国際的、国内的な政治状況を反映している。したがって、その後の世界情勢の変化、歴史の変遷とともに憲法を見直し、機能不全に陥らないよう配慮するのは当然である。憲法は「不磨の大典」ではない。
 日本国憲法は、アメリカを中心とする連合国軍の占領下で、日本の国際的役割が完全に否定された状況で作られた。当時と現在では世界が様変わりし、日本自身も大きく変わった。
 国家間の相互依存関係が深まり、どの国も孤立しては生きていけない時代になった。そして、冷戦以後の世界は多元化し、新秩序構築はいぜん模索の過程にある。
 自由貿易体制の恩恵を最大限に活用して経済大国となった日本、世界の平和と安定がなければ、繁栄が望めない日本は、グローバル(地球的規模)な見地から考え、行動に移さなければならない。
 だが、現実はどうか。いまの憲法でもかなりのことをやれるはずだが、憲法九条をめぐる解釈上の混乱が政治論争に結びついて、できるものもできなくさせている。この結果わが国の国際責任の実行にしばしば支障を来している。
 外交において、国連中心主義を掲げながら、国内体制が不十分なために、国連の行動を支援する加盟国としての義務を果たせない面も出てきている。
 
◆基本法の制定で不備を補え
 昭和三十年代、法律に基づいて内閣に憲法調査会が設定され、足かけ八年にわたって調査、審議が行われた。だが、社会党は調査会をボイコットした。それが憲法論議にとって不幸であった。
 「護憲」イコール平和、「改憲」は危険だ、という固定観念が長い間、まともな憲法論議を妨げてきた。冷戦構造が消滅して現実に日本が行動しなければならないという事態になって、ようやく国際責任に目を向けるようになった。「改憲をタブー視すべきでない」という意見が社会党の一部や労働組合などからも出はじめている。
 読売新聞憲法問題調査会は、憲法解釈の混乱を正すため、安全保障基本法の制定を提唱する一方で、将来的には「憲法前文と九条一項の平和主義を堅持しつつ、九条二項を改正することが、日本と世界の平和のために望ましい」と結論づけている。
 憲法改正までのつなぎとして、基本法の制定で憲法の不備を補い、国際的義務の履行を矛盾なく追求しようという「二段階方式論」である。
 われわれは、かねてから国際法との整合性に配慮しつつ、弾力的な憲法解釈、運用で対処するよう政府、国会に求めてきた。憲法改正は政治論的にも現実的にも当分はその実現が不可能と思われる以上、準憲法的な規範を作って、与野党が共通の土俵で論じ合うのは意義があると考える。
 与野党が今回の憲法問題調査会の提言を受け入れて、早急に安全保障基本法を制定するよう要望する。
 
◆責任ある平和主義を掲げよ
 自由・民主主義、平和主義、国際協調主義、基本的人権の尊重など日本国憲法には誇れる長所はたくさんある。これらの基本理念は当然堅持しなければならない。
 このうち平和主義、国際協調主義に関し、第一次提言は「日本は自ら紛争をおこしはしなかったが、世界の紛争解決に大きな役割を果たしてきたわけでない。平和国家としての日本の実績は、決して誇るべきものではない。それは、むしろこれからの問題である」と指摘している。
 一九五〇年代、六〇年代の国際政治を大きく揺るがせた朝鮮戦争、ベトナム戦争において、わが国はもっぱら「戦争特需」で外貨収入を稼いで経済基盤を固め、その後の経済大国への道を歩んだ。
 巨額の貿易黒字を抱える経済大国になったいまも、やるべきことをやらず、自国の利益のみに専念するようであれば、日本は国際社会から疎外され、孤立化の道をたどることを覚悟しなければなるまい。
 平和を守る義務は、平和が破壊された場合にその平和を回復する義務でもある。国連の平和維持活動(PKO)に対する期待も広まっている。人道目的で多国籍軍が活動する時代でもある。
 
◆認識しておきたい制憲過程
 日本国憲法は、連合軍最高司令官総司令部(GHQ)民政局の二十人あまりの人々によって約十日間の作業で起草され、それをもとに作られた。草案の修正にもGHQの同意が必要で、彼らの意向に反する大幅修正は認められなかった。
 憲法解釈も占領政策にそってなされたが、悲惨な戦争を体験した日本国民が、解放感と新鮮さをもってこの憲法を受け入れたことも事実である。
 われわれは「押しつけられたものだから悪い」という短絡的な考えはとらない。だが、占領期間が七年間にもおよんだことと合わせ、当時の実情を認識しておくことは、これからの憲法論議を盛り上げ、望ましい憲法秩序を追求していくうえで、参考になるだろう。


 
 
 
 
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